選出作品

作品 - 20200901_424_12080p

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殖民史碑

  鷹枕可

――見よ、奴婢が奴婢を支配している、


_1,消えたひとびと

アパートの壁に、燃えた八月の、地図を焚き焼べる、おれを、おれは、見ていた、
宛も精神病に遣られた懐中の巻尺を、
調律に拠って検める、様に、
死の絶対性への指標である、歴史 より剥落し已まない、
現代という風位計より、風防へ到る、
果敢な雲雀を見届けるかのような、街は、
拡声器の季節へ還る、
想像とは、意思としての、自らを象る事であり、
そして、復、
やがて火葬に附された亜麻色の、空に、憧憬を泛べ、
唯一揃えの靴を並べて、身体を翼として、孤独を俺自身の航空力学として、
断崖より、その運命を試みる事でもあるからだ、
路地裏の、旧い天使陶像に、煤けた降灰が躍っている、
雑踏は空を、雁の群は自由をもとめ、
入口無き内臓の夢を、逃れ廻る一縷の紡錘であり、
地に時計を立て、境界線を引くのだ、
世界像は普遍化をされ、
国歌は威厳を謗る花に凭れて、液化した銅鑼を撃ち、
繁栄の虚誕を嘆く、
自らを、貧窮を体現するのみであろう、


_2,消えた地勢図

青空を支えうるものは何者か、
母語を与え、奪うものとは何者か
逃場無しの地球図に、そう、問い掛ける、
誰が一本のトランペットを、群衆へ、一国家の秩序へと、吹けと命令したのか、
歴史を、凡ゆる地図を、座標を、喪い、
われわれは矮小な蚤の自由を求め、憬れ已まない、一群の腐黴、地衣類であった、
多数決議の正義、盲人へと指摘された約束の花束、
従順な被支配者たちの幼稚な遊び、
常態と為った傲慢への信仰告白、
襤褸切の祖国、総痴呆主義の挙句の果て、
仮想敵性国家は殖民地の、歴史の忘失に拠って定義化をされ、
確乎たる、抵抗の萌芽はそれでも鹹水の湖底に育った、
国境線に引き裂かれた、二重の名称を有する、個人、
それは紛う事なき、われわれ自身の問題でもある
自立主義的精神は自らを、自らの青空を支え、立ちあがる空洞の思想と為り、潰えて、終った
そこに自が存在を置くものは、彼の巨躯の地勢図を、異なる国家、思想を排除する、
多数独裁体制の煽動家のみで、あるだろう、
拘縮した花束が握り潰され、
祈念碑は形骸に、慣わしと為り、
見えざる掌握は戦禍、烽火を悦する、単純機械‐人物像の、憂愁を総轄し、死の標識へ追落す、
鉄の翼へとなるだろう
そこでは平等も、平和も惨たらしく蹂躙をされ、或る一国家、つまり粉飾された、
世界政府の標榜者 は命令としての対立を促がし、
有色人種絶滅収容所、を、嘱望し、自由としての加‐支配へと唆す、
血統優生論、その一握の塩の砂に、
零れるべくして零れる、われわれを嘲弄する、
優越の構図裡に、復、骨肉としての総体‐印象に、数多度、死の糧を齎しめるのか
侮蔑者達の狂奔よ、自が胸郭へと 帰れ


_3,消された歴史

与えられた言語は奴隷の為のものだった
与えられた衣服は奴隷の為のものだった
与えられた霊歌は奴隷の為のものだった
与えられた食物は奴隷の為のものだった
教えられた歴史は主人の為のものだった
教えられた国家は主人の為のものだった
教えられた信仰は主人の為のものだった
教えられた律法は主人の為のものだった

そして俺の、私達自身の意思には、襤褸切一枚程の余白すらも残されてはいなかったのだ


_4,

おれは、俺自身の世界地図だった
おれは、俺自身の歴史だった
おれは、俺自身の鳥瞰図に幾つの標識を与えられただろうか
おれを喪った地図の遺灰が
やがて、だれかの地図に
指を置くことを
願わくば醒め眺めていてくれ
秋霖を
已まず降れ
落葉よ、幾枚もの鱗翅目の睫に