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作品 - 20200706_438_11994p

  • [優]  追憶 - 鷹枕可  (2020-07)

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追憶

  鷹枕可

たとえば夢の窓から
銀杏の翼が降り頻るのなら
浅い
浅い海の
満ち引きに
流れて消えた青い乾燥花を
結い解く少女の指がある

たとえば錘の微睡みに
まぶたを伏せて滴るとき
遠く
遠い望郷に
たどり着けない押花が
浚われ泛ぶ星の海がある
百の草原
一つの朽葉
蜉蝣の翅 瀬の花圃
月の抜殻
蘂の粉

  *

帰還兵だった祖父に
人を
どうしたのか
尊厳を問うなんてできなかった
血の夢を
傍らに営むひとりひとりの過日、
その兵銃の重さを知る手が裁鋏を巧みに操り
時間の
幾歳月を経ても癒えない
麻痺もせぬ体験を抱え込んで、
そのままに
町の仕立屋として生き
静かにその息を終えた
かつての
兵卒の
焼場の煙を見上げていた

  *

たとえば風の揺りかごに
呼ぶ幼児のぬくもりが
嵐の窓をなだめるように
梢の花芽は
何処へと到り
何処へと流れゆくのか、
私は私を知らない
禽は籠へ
帰らない

呼びかう声に淋しく呼ばれ
白樺の膚を振返ると
星の鼓膜に
蝶と蝶
茱萸の泪が
青く
満ちて、

  |

理由も無く鐘は鳴り
理由も無くわれわれは問い交わす
そして触れるのだろう
土地の糧、
熟麦の星に声と産まれて
滾るもの
幾千の窪を
逃れ 駈けてゆけ 風廊の丘を