選出作品

作品 - 20200319_477_11768p

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麺麭は一ペンス

  鷹枕可

忘却された投函箱の中で美しく褪せ枯れてゆく一輪の薔薇に、
虐殺された天使達の透明な石の膚に流れる蒼い血に、
穹窿を天蓋を蔽い尽す名だたる星雲像の青銅歌劇場に掛る夢魔花の細緻な鉛の葯の各々に、
巨躯の箱に蹲るティタノスの両肩に担われた礎の苦悶に、
始源の罪として後向きに投げられた石より産まれた人間に、
石や粘土、泥から生まれた
私達が
時に心、を乱されるのは

なぜ,

喀血、
旧い録音盤に乾く飛沫の翳、
赤と黒の矩形の構図に
眠りを降ろす
蒸発した壁
塗り込められ刎ねられたダリアの首
混淆石
鉄筋建築
魘夢の様に美しく旧りゆく
開胸された死を
心臓に柔らかなる容を遺して

総攬衛生学
公衆の華 賑うをわずらわしくも
美しく
在りし日を憶えて
人物像の夢
雑踏に紛れ喪われ
乾いた
薔薇一挿程に
束ねられた抱擁へ
閂を跳ね遁れ行く、そを
振返り
街を出遣れば
彫塑は人は
砂礫風葬に返るなり

    *

ふれていない幾つもの手があるいまだふれていない幾つもの手が
苦渋と断腸にのみ開く桐の花がありそれは造船渠に振われたわれわれの航海録に新しい青写真を刷る檸檬色の少女なのか
変声を終えた咽喉があり道は底より短く延びてやまない報復としての林檎の実をかきむしる意志を具えながら
路に倒された冬の竃よ 逞しく綴られた教条への永訣よ 
おまえは偽りの爲に隠され 代理人が彼らの筆致をぬりつぶした 
真実よ 嘶きに追落とされた二束三文の 擦れからしの市場町に砂の歳月をにれかむ安物の一ペンスよ
わたされていない幾つもの手があるいまだ綯われていない幾つもの道が 常に遠ざかり 来るオリブの花から逃れる伴う声を ふりきって ゆけ