犬が吠える
月だって吠え返したいだろう
孤独はお互い様
誘蛾灯の巣が泳ぐ
薔薇の棘さえ何かを待つようだ
緑色の空が淋しさを失ってしまう前に
街燈に口をあてがって中身の光を飲み込んでいる
シャボン玉の中へと飛び込んだ銃弾をこよなく愛でるとき
手で持った蛹に刃を時計回りに滑り込ませるとき
天井に吊るしておいた風船が優しく灯るだろう
花は花びらを全部毟り取られるだろう
折れた釘の前で白い花が頭を垂れている
外側からゆっくり溶かされていった白い花が……
塩漬けのベッドに染みついた糞尿の匂いに誘われて
濡れた腕を懸命によじ登っていく数万匹のナメクジを
静かなバニラの両耳が受け入れていく
その後頭部から逃げ出すように湧き出した蟻の群れ
神聖な陽射しが薔薇の襞から小さな震えを掻き出している
有刺鉄線が身をくねらせながら路面に沈み込んでいく
信号待ちの群衆たちは青い砂漠へ飛び込む用意をして死んでいるのに立っている
鳥かごの中にはいつも羽毛があった
この便器は今何が飲みたいのだろうか?
血が欲しい
そして僕は、便器の内側に流れ出した血の渦を眺めていたのだ
もちろんこの血は僕のものではない
タンクに手を当てると敏感な心臓の音を感じる
脈打ち続ける排水管の奥にも太い血管と繋がっていたのだ
誰が放火を命じたのか?
舌をも溶かすような熱い叫びは炎
言葉の飛び火が尻に付いて
慌てて走り出す裸の王様
ガソリンを溜めた噴水へ一直線だ
火にくべたガラスの小鳥も滑らかに羽ばたいて
点灯した街燈も苦しがって頭突きを繰り返している
それを見ている群衆の目は楽しげだ
月が吠える
犬だって吠え返したいだろう
死にたい
死にたい
死にたい
死にたい
死にたい
死にたい
死にたい
死なせておくれ
死なせてあげよう
澄み切った銃声で蜘蛛の巣の細糸が鋼になり
そこに飛び込んだ一つのシャボン玉が無限に増え続ける
選出作品
作品 - 20190730_327_11353p
- [優] Water - 鴉 (2019-07)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
Water
鴉