選出作品

作品 - 20190530_147_11235p

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五月の雨

  山人

草や木の葉が雨に濡れている
五月の雨は麓の村を包んでいた
蛙はつぶやくように、りりりと鳴き
アスファルトは黒く光っていた
そうまでして生き物たちは
生きなけばならない生きなければならないと
季節をむさぼる

雨は、
その深部にしみこみたくて
どこか、
スイッチが入れられて
次第に空気が湿り
その細かい霧粒が固まり
落下したいと願ったのだった

雨は平坦な記憶をさらに水平に伸ばし
過去を一枚とびらにしてしまう
その一点に思考が集中するとき
ふとコーヒーの苦みが気になるように
記憶の中に鉄球を落とす

少し、遠くまで歩こう
そう思いかけた時、雨は強くなった
隣人の柿の木が枝打ちされている
のを見ていた
雨はそこにだけ降り積む
誰かが誰かのために
何かが実行されたのだった

雨は降るのをやめなかった
緑も濃くなることをやめなかった
すべては何かのために変わり
なにかを生んでいく

うすれていく光源は
不確かにともされている
無造作に伝達士は言うかもしれない
あたりまえに普通のことばで
その語彙を受けなければならない
一度は解読しなければならないだろう

集落の朝のチャイムが鳴り始めた
今日も食事を摂り、排泄し
歯も磨くだろう
食後の投薬をすませ
背伸びをするかもしれない