夏の夜に眼を閉じて世間を遠ざける
蚊取り線香の燃えていく匂い
いえ、あれは父が煙草を吸い尽くす音
いえ、あれは兄が穴を掘る遠い音
いえ、あれは舟に乗せた人にふる音
どこに行けばいいの?と尋ねても
背中でしか語らない人たち
祖母に手をひかれて歩きながら
あかい椿を口から出して
ハンカチにくるんだ道は
前へとゆく今日と同じ道
しろい肌に包まれて
果ててゆく道の端にもう
どうしようもないぐらいに
違ってしまったいつかの
毛並みの悪い子の瞳が
転がっているのです
あの人と同じ
形のよい
爪
背にあかい朱をひいて
癒えてはまた傷つけあう
赤児がないた
眼をあければ
爪の形のよさを
燃やしてしまいたい
けれど蚊取り線香は
燃えつきて匂いさえも
さ迷いながら去っていく
煙草はやめて家をでて
私を知らない土地の川で
舟を流す、それは海へ続き
あの日と繋がりながら
よく似た横顔で流れてゆく
あかい椿の刺繍のハンカチ
ふたりのゆびがからみあっては
とかれてまたふかくふかくからみあう
つめになどめをやることはなく
選出作品
作品 - 20190513_972_11213p
- [優] 追憶を燃やし舟を流す夜に - 帆場蔵人 (2019-05)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
追憶を燃やし舟を流す夜に
帆場蔵人