選出作品

作品 - 20181101_529_10855p

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Mr. Bojangles。

  田中宏輔



「世界にはただ一冊の書物しかない。」というマラルメの言葉を
どの書物に目を通しても、「読み手はただ自分自身をそこに見出す
ことしかできない。」ととると、わたしたちは無数の書物となった
無数の自分自身と出会うことになる。
しかし、その無数の自分は、同時にただひとりの自分でもある。
したがって、世界には、ただひとりの人間しかいないことになる。
細部を見る目は貧しい。
ありふれた事物が希有なものとなる。
交わされた言葉は、わたしたちよりも永遠に近い。
見慣れたものが見慣れぬものとなる。
それもそのうちに、ありふれた、見慣れたものとなる。
もう愛を求める必要などなくなってしまった。
なぜなら、ぼく自身が愛になってしまったのだから。
愛する理由と、愛そのものとは区別されなければならない。
眠っている間にも、無意識の領域でも、ロゴスが働く。
夜になっても、太陽がなくなるわけではない。
流れる水が川の形を変える。
浮かび漂う雲が空に形を与える。
わたし自身が、わたしの一部のなかで生まれる。
それでも、まだ一度も光に照らされたことのない闇がある。
ぼくたちは、空間がなければ見つめ合うことができない。
ぼくたちをつくる、ぼくたちでいっぱいの闇。
ぼくの知らないぼくがいる。
わたしでないものが、紛れ込んでいるからであろうか?
語は定義されたとたん、その定義を逸脱しようとする。
言葉は自らの進化のために、人間存在を消尽する。
輸入食料品店で、蜂蜜の入ったビンを眺める。
蜜蜂たちが、花から花の蜜を集めてくる。
花の種類によって、集められた蜜の味が異なる。
たくさんの巣が、それぞれ、異なる蜜で満たされていく。