選出作品

作品 - 20180903_626_10716p

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メイソンジャー

  ゼンメツ

「そういえばーー」僕は、ガラス瓶の中でほころぶ何本もの野ユリに目をやりながら、出来るだけそれがなんでもないことのように切り出した。「覚えているかなきみほら、前にプレゼントしたろ? あの内側にシトリンのあしらわれたピアスだよ」すると彼女は雑誌を抱えたまま、ゆっくりと間を取り「ウン?」と、それはおよそこの世でもっとも正確なふた呼吸に思えた。つぎに、アア、と更にきっかりもうひと拍を溜めたのち「ユリのモチーフのね」と言葉を切った、そして目の前でもっともぐずぐずに果てるひと束の花弁へと視線を交差させると「やだな。わたしがどっかやっちゃったとでも思ってるのかしら」だなんて。今日という日がいかにも、誰にだって年に一度訪れる平均日だとでもいわんばかりな。「まあ、そういう意味じゃなかったんだけとね。……てかさ、あのピアスどうして着けないの?」すると、彼女は黙って二ページほどを捲ったのち、「あーらら」とだけ、それはなんとも呆気なく、花弁を落とすので。「あーらら」 僕もその口調に出来るだけ似せて返した。 どうしようもなく、野ユリの刺さった目の前の。それだって以前ジャー入りのサラダが流行っていた頃に、大小さまざま買ってきたものなんだけど。結局ひとつひとつの違いもよく分からずじまいのまま、いまそのうちの選ばれた一瓶のなかで、手を離した花弁と、もう何もたたえない茎とで、水がほんの僅かにだけ濁っていて。「そういえばーー」「こいつの密封機能つきの蓋、きみはそれをまた、一体どこにやってしまったって言うんだい?」