選出作品

作品 - 20180813_275_10670p

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もうなにもかも知らないし何も知らなかった

  ゼンメツ

今年のサイコーキオンを弾き出したことを、ニュースサイトから告げられた日、あまりにも金が無さすぎて点けられなかったクーラーのスイッチをついに押してしまった。ついに。言っても昨日と1℃しか変わらない。だけど僕はニュースサイトのたった一言に押されてしまった。きっと来月の電気代は彼女に借りるはめになるだろう。ワリーな未来の僕。ワリーな目下バリバリ仕事中の彼女。こうやって、冷風にあてられていろいろ空っぽで横たわってると、空いた隙間を自分以外のなんかに埋められて、ゆっくりと膨張していく気がして。あのなんだっけ昔よく見かけた、水を吸って何十倍にも膨らむ恐竜のオモチャ、名前も知らないけど。あれって最後どうなんだろ。そのまま、曖昧になった境界線が、欠けゆく夕陽のように小さく震えはじめ、僕は少しづつフローリングの下へ沈んでいった。って、なんだそら、ちょーくだんにい。自分を保とうぜ。おっぱいのどでかい店員さんの事とかを考えて、

そうさ、近所のコンビニに新しく入った女の子が、お釣りを渡すときにけっこー強めに手をにぎってくれるんだけど、その子と僕がエッチするまでの妄想をさ。とりあえず笑顔がかわいくて、そしてなによりおっぱいがアットー的にどでかい。なので当然そこに掛かっている名札も確認しているはずなんだけど、まあさっぱり頭に入ってなくて。つまりおっぱいを除いてほとんどなんにも知らない子だ。僕はそんなほとんどなんにも知らない子を、なんにも知らないまま好きになって、なんにも知らない夜に、誰からも知られずに二人きりになる。そうして見つめ合ったその子のことを、一体なんて呼べばいい? けっきょく最初に思い浮かんだ名前がナナコで、それでなんかもうどうしようもなくなって、とにかくどうしようもなくて、つーかおっぱいだってけっきょくはブラ越し、制服越しの単なる想像で、ジッサイのところ恥じらうナナコが僕の前で制服をはだけて、これねサイズがあれだからあんま可愛いのがないんだとかどうでもいいことを言いながら、僕もそんなことないよすげー可愛いと思うとかどうでもいいこと言いながら、ホックを、そう、だって外すんだし、そしたら、それまでしっかりと膨らんでいた境界線も、どこか曖昧になっちゃって、僕たちは欠けゆく夕陽のようにベッドの下へ沈んでいく。

いや。いいよいいじゃん。張りがどうとかそんなん、ぜんぜんいいでしょ。よくないよ。ガッシャーン。ナナコは唐突にそうはならないもの全部を机から払い落とし、その手をそのまま受け皿みたいに大きくひろげ「この世界にパスタの具にできないものはないよね」ってバカみたいなふりして笑う。で、なんかいろいろあってけっきょくまたエッチする。そんな関係。それがいいんだ。だって暑いから。サイコーキオンだから。この部屋、クーラー、めっちゃ効いてるけど。

こんなことを繰り返しているうちに夏やらなにやらが過ぎ去って、今はコンビニに見つけられる女の子も、気付かないうちにどっか行っちゃって、退屈な日にきみのことを思い出したりするならそれはそれでよくって。んそうか? そんなよくはないな。いまのはナシだ。僕はえっと、きっとただ、こんな自分なんかを受け入れてほしくなかっただけで、ん、いや、違う。僕には11人くらい彼女がいて、違う。僕はたしかきみの、規則的に強弱をつけてチップスを噛む音が、いつだって気に入らなかった。そう、かな。僕はきみの、喧嘩するとすぐに黙りこくって待ちに入るスタイルが気に入らなかった。僕は、きみのページを捲ってはすぐに戻る読み方が、僕は、カーペットの起毛なんかと簡単に一緒になってしまうきみの、細い髪の毛をよく気にしていた、僕はミキの、違う。誰だ。でもきっとポニーテールだ。じゃなくて僕は、きみとエッチがしたい、違う。違う? じゃあ、きみじゃなくてもいい、違う。いや、違わない。じゃあ、僕は、僕はきみの、

細い髪の毛を、「愛してるよ」とひと撫でし、コンビニへ向かう、きみはきっと、僕に向かって何か言っている。でももう知ったことじゃないんだ。僕は聞こえているふりをして手を振る。きみも応えて手を振っている、と思う。それはとても優しい拍数だ。その手を大切な人とも繋いだし、声だって何度も殺した。だけどね、僕はこのまま僕のこの手で、ぜんぜん知らないコンビニ店員の女の子の、僕よりなんだかずっと小さかったような気のする手を引いて、なんだかとてつもなく大きかった気がしてるおっぱいを揺らしながら、二人で息を切らし、どこだか遠くの夕陽が見えるところへ行きたかった。そうして残されたきみは、この部屋からまたべつのどこかへ行くまでのわずかな時間を、どうして過ごすんだろうか、とか、そんなことを思いはせるより先に、

コンビニの自動ドアをくぐると、レジにはぜんぜん知らない若い兄ちゃんが立っていた。だって僕は、誰のシフトも知らないわけで。仕方なく、気晴らしの炭酸飲料だけ買って帰ろうとしたら、なんか、店員の兄ちゃんのお釣りを渡す手が震えてて、それに気が付いた瞬間、受け取るためだけに差し出した僕の手も、小さく震えはじめた。