彼女は空へと翔んでいった
僕は地上に残った
生まれながら背に持った白銀の大翼を
避けられぬ己の運命とし
あらん限りの力をそこに込めて
彼女は空高く翔んでいった
僕はそれを地上から見上げているしかなかった
「愛してる」と彼女は言った
「僕も、愛してる」と返した
その言葉は嘘ではないし今だってその通りなはず
だけど、僕は地上に生きるものだ
彼女はただ真っ直ぐに天高く昇っていくなか
澄んだ空気との摩擦を全身に受けることで
磨かれて純化して
余分なものを削いでいき
既に赤々と燃える硬い珠と成っていることだろう
だけど、僕は地を這う虫だ
食べればそれが肉となり
飲めばそれが血となる
羽も無いので湿った土を彷徨い
やっと見つけたそれらを口にするしかない
僕でない様々なものが体の中へ入ってきて
前から次々と異物が押し詰めてきて
僕は変わってしまい
不純になっていく、淀んでいく
オリジナルは失われる
彼女が愛した対象の僕でなくなる
雲一つとして無い新月の夜
あの丘の上から、僕らは最後のキスをして、彼女は翔んでいった
その後の僕は何をしたかわかるだろうか
普通に家に帰って寝て
翌日には古典のテストさ
勉強したはずの助動詞の意味をド忘れして
うんうんと唸っているその間にも
彼女はただ一心に翔び続けているというのに!
彼女は僕だけを想って翔んでいった
僕の目ではもはや追うことのできないほどに
彼女は高いところにいる
今ごろはもう大気圏などとうに越えていて
銀河の中心に辿り着き
そこでもなお、僕のことを想い描いているのだろう
あの頃のままの僕を
彼女の心のままの僕を
実際の当人は日曜日のマクドナルド
窓に面したカウンター席にだらしなく座りながら
ただぼんやりとポテトをつまんでいるだけだというのに
空はまぶしいほどに晴れてどこまでも透き通っている
この青さは彼女がたった一人でいる
限りない闇の世界へと繋がっているのだ
僕はどんな気持ちで見上げればいいのだろう
彼女はどんな気持ちで翔び続けているのだろう
虫にはあまりに遠すぎてわからない
ポテトの塩加減だけが現実だ
選出作品
作品 - 20180714_377_10590p
- [佳] 天と地 - 渡辺八畳@祝儀敷 (2018-07)
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天と地
渡辺八畳@祝儀敷