選出作品

作品 - 20180601_921_10491p

  • [佳]   - 西村卯月  (2018-06)

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  西村卯月

朝露に浸軟した薄桃色の春の名残が足下で乾
き、まばらに捲れ上がる午後。眼下を流れる
広い川の先には、小さな漁港。貧しい生活の
糧を与える小さな舟。岸に繋ぎ止める太いロ
ープが、ぎしぎしと不規則に軋む音がする。
潮が引くと現れる砂地には、貝を掘る女達。
傍では子供らが母を真似、緑色の小さなおも
ちゃのバケツに、泥を掬っては入れている。
橋の上に水色の車が停まり、若い男女が何か
声をかけた。手を振り、バケツの中身を見せ
ようとはしゃぐ子供らの後ろ。目深に被った
帽子の影から覗いた、女達の眼が暗く光る。
川底を流れるロザリオと大火。小さな食卓と
養父の不在。流れ着いたハクモクレンの花弁
は遡上して、幾重にも閉じ、次の春を守る。
固く閉じた貝に口はなく、じっと砂底の会話
に耳を澄ませている。母が手を牽く帰り道。
子供らがバケツの泥を捨てる音は、べちゃり、
と貝の中身がまな板に落ちる音に似ていた。