白桃の缶がそこにある
ごろんと倒れている
円筒形をしているので
少しの揺れで転がりだしそうだった
その周囲に蟻が群れている
人間と呼ばれている生物が
社会性を持つと指摘する生物だが
世界観を持っているかは知らない
ごろんと倒れた白桃の缶は
いまにも転がりだしそうだが
随分な重さがあると見えて
その場から動きそうにない
蟻の群れは白桃に目もくれず
缶を中心として円環を構築し
より速度を求めて周回運動している
弱った蟻は振り落とされていく
縁が赤く錆び始めた白桃の缶から
シロップが漏れ出す様子は一向にない
蟻のほうも回転の速度に合わせて
脚は退化し体も平板になっていく
そして人間が滅びるほどの時が過ぎ
白桃の缶が球体になって
蟻たちが化石の輪になったころ
太陽系で一番小さな惑星が誕生した
ついにシロップは惑星から漏れ出さず
蟻たちがシロップの存在に気付かぬまま
新しい生命が白桃の惑星の上で
生まれようとしていた
選出作品
作品 - 20180303_231_10284p
- [優] 白桃の缶 - 山井治 (2018-03)
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白桃の缶
山井治