(天(てん)使(し)の、骨(ほね)の、化(か)石(せき)、じつと、坑道(かうだう)の、天盤(てんばん)を、見下(みお)ろして、ゐた、……)
(坑道(かうだう)の)水(みづ)溜(た)まりに、映(うつ)る(逆(さか)さま、の)天(てん)使(し)の姿(すがた)、目(ま)耀(かよ)ふ、美兒(まさづこ)、
その、姿(すがた)は、粘(ねん)土(ど)板(ばん)にも、紙草(パピルス)にも、羊(やう)皮(ひ)紙(し)にも、描(ゑが)かれて、ゐない。
水(みづ)鏡(かがみ)、つややかな(馬(うま)の背(せ)のやうな)水(みづ)鏡(かがみ)、
廃坑(はいかう)の常(と)陰(かげ)、無(む)戸(つ)室(むろ)の伏(ふ)せ甕(がめ)、伏(ふ)せ籠(ご)に、祈(いの)りの声(こゑ)が(静(しづ)かに)満(み)ちる。
(天(てん)使(し)の、骨(ほね)の、化(か)石(せき)、じつと、坑道(かうだう)の、天盤(てんばん)を、見下(みお)ろして、ゐた、……)
(坑道(かうだう)の)水(みづ)溜(た)まりに、映(うつ)る(逆(さか)さま、の)天(てん)使(し)の姿(すがた)、目(ま)耀(かよ)ふ、美兒(まさづこ)、
その、骨(ほね)の、天(てん)使(し)は、発(はつ)情(じやう)し、蒼白(あをじろ)い、光(ひかり)を、放(はな)つて、
その、骨(ほね)は、発(はつ)情(じやう)期(き)の、蒼白(あをじろ)い(燐(おに)火(び)のやうな)光(ひかり)を、放(はな)ち、
天盤(てんばん)から(はらりと)剥(は)がれ、そつと、静(しづ)かに、坑道(かうだう)に、降(お)り、立(た)ち、まし、た。
──また、生(う)ま、れ、そこ、なつて、しまつ、た。
幽(かす)かな、光(ひかり)の、中(なか)で、天(てん)使(し)は、裸足(はだし)を(溜(た)まり水(みづ)で)洗(あら)つて、
──土(つち)、は、泥(どろ)、と、なれ、泥(どろ)、は、水(みづ)、と、なれ、
卵(こ)隠(こも)りの、蝸牛(かたつむり)(雨(あめ)に、解(ほぐ)るる)卵(こ)隠(こも)りの、蝸牛(かたつむり)。
──もう、傷(きず)、つき、たく、は、ない、のに……。
(骨瓶(こつがめ)、の、透(すき)影(かげ))沙羅(さら)双樹(そうじゆ)は、菩(ぼ)提(だい)樹(じゆ)の、夢(ゆめ)、を、見(み)る。
鳩(はと)が、鳩(はと)の(血(ち)塗(まみれ)れの)頭(あたま)を、啄(ついば)んで、ゐる、ゐた、
(腐鶏(くたかけ)の鶏冠(とさか)、濃(こ)紫(むらさき)の鶏冠(とさか))蜘蛛(くも)にも、その蜘蛛(くも)の、子(こ)蜘蛛(ぐも)にも、
──わたし、は、微(ほほ)、笑(ゑ)、まう、と、した。
割(わ)れ爪(づめ)の、隠(おん)坊(ぼ)が、ひとり、骨遊(ほねあそ)び、骨(ほね)を、摘(つ)み、積(つ)み、へう疽(そ)、摘(つ)み、
──また、生(う)ま、れ、そこ、なつて、しまつ、た。
隧道(トンネル)、畦道(あぜみち)、白粉(おしろい)壺(つぼ)、飯盒(はんがふ)、釦(ボタン)、処方箋(しよほうせん)、箒(はうき)、陶(たう)器(き)、火処(ほと)、凹所(ほと)、秀戸(ほと)、……
──この、髪(かみ)も、この、爪(つめ)も、千年(せんねん)もの、繭(まよ)、籠(ごも)り。
繭隠(まよごも)り、延縄(はへなは)、把(とつ)手(て)、土(つち)埃(ぼこり)、
──もう、傷(きず)、つき、たく、は、ない、のに……。
その、饒(ぜう)舌(ぜつ)な、睫(まつ)毛(げ)に、触(ふ)れて、雨(あめ)は、雨(あめ)に、なる。
──わたしは、毀(こは)れて、しまひ、たい……。
その、饒(ぜう)舌(ぜつ)な、睫(まつ)毛(げ)に、触(ふ)れて、雨(あめ)は、雨(あめ)に、なる。
──わたしは、わたしを、毀(こは)れて、しまひ、たい……。
一(いち)夜(や)を、明(あ)かす(鼠(ねずみ)取(と)りの、中(なか)の)鼠(ねずみ)。
茂(モ)辺(ヘン)如(ジヨ)駝(ダ)呂(ロ)の、廃坑(はいかう)の、天(てん)使(し)の、骨(ほね)の、化(か)石(せき)(幽(かす)かに、蒼(あを)、白(じろ)い、光(ひかり))
糸(いと)水(みづ)を、つたつて、天(てん)使(し)の、姿(すがた)が(天盤(てんばん)、の)天(てん)に、昇(のぼ)つて、ゆく、と、
骨(こつ)、骨積(こづ)み、籠(こ)、壺(こ)、骨(こ)、骨(こ)、骨(こ)、骨(こ)、骨(こ)、骨(こ)、骨(こ)、……
その、籠(こ)は、毀(こは)れて、しま、ひ、ま、した。
その、壺(こ)は、毀(こは)れて、しま、ひ、ま、した。
その、骨(こ)は、毀(こは)れて、しま、ひ、ま、した。
選出作品
作品 - 20180205_274_10224p
- [優] 陽の埋葬 - 田中宏輔 (2018-02)
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陽の埋葬
田中宏輔