気付いたら月にいた
行きたいと思ったことはない
昔の女に
今日も月が綺麗ね
なんて言うやつがいた
十五夜だからと
母親の作った団子を
食べたことがあった
月は想像よりもずっと小さくて
地平線が丸かった
たやすく一周できると思った
歩くこと以外にすることはなさそうだった
何時間か何日か何ヶ月か
どれくらいか歩いて
はじめて知った
月には光の当たらない裏側があった
あっちにいってはいけないよ
あっちにいってはいけないよ
照らされることのない裏側は
とても暗く
とても黒く
世界が無限に広がっていた
あっちにいってはいけないよ
あっちにいってはいけないよ
裏側との境界に
誰かが一人立っていた
そこにいたのは俺だった
間違いなく俺だった
お前は偉大な人間になる
父親が昔そう言った
俺の心はささくれた
未だに何も成せてない
俺がこっちを向いて笑ってる
不気味な顔で笑ってる
あんたの中には何かいる
昔の女がそう言った
俺の心はささくれた
そんなの女は気付いてない
真っ暗な月の裏側から
俺が俺を手招きする
あっちに行ってしまったら
帰ってこれない気がしたが
進む以外の選択は
俺には残っていなかった
気付いたら月にいた
来ようと思ったわけじゃない
選出作品
作品 - 20170526_388_9640p
- [佳] 狂気 - 永井 (2017-05)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
狂気
永井