秋刀魚のお腹に箸を押し当てる
お祭りの夜に塗られた銀色が
硬い箸に響いて
現実の硬さに屈してしまう
怠惰なふたりは座っている
ああ とでも おお とでも
言おうと思えば言えたから
けして無能だったわけではない
言おうと思えば言えたのに
それが ふしぎに難しかった
感じられたと
感じられてきたものが
何でもなかったような気がして
ただ言うことがそれだけで
くらいことのように思われた
(秋刀魚の腹の柔らかさ
多く蓄えていた証)
どんな画家なら絵を描けただろう
どう描けば関係を描けるだろう
もし神様にあえたとしても
僕と君では
ものの頼み方がわからない
秋刀魚のお腹に箸を押し当てる
豊かさは
いつでも圧力に屈してしまう
済んだ後に似た魚を前に
僕らは無能をやめて
勤勉になっていた
僕も君も ずっと
生きてきたわけではなかった
今日か昨日の朝に
生まれてきたばかりだった
今日か昨日の朝だったのに
なんと言われて生まれてきたのか
もう思い出せないままだった
視えない母に手を握られて
幼い僕らは連れられていた
視えない背中を追いかけて
知らないところへ老いていく
ふたりは 悲しい音ではないのに
他に音ひとつ生まれなくて
僕らが勤勉になっていたのは
もう しばらくのことだった
選出作品
作品 - 20170508_621_9601p
- [優] 勤勉 - 霜田明 (2017-05)
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勤勉
霜田明