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作品 - 20170304_676_9474p

  • [佳]  裏側 - 尾田和彦  (2017-03)

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裏側

  尾田和彦




透明な午後を開いていく
アコーディオンカーテンのような
週末の白昼夢を(イオンのショッピングモール)に
隙間なく分け入る人々の足を
横断歩道を
宮崎県道10号線を
ぼくは鹿児島方面へ車を走らせる


都会も田舎も変わらない孤独を抱えている
ニンゲンという
この甘く鋭い
大根のような
ふくらみの中で
呼吸をしていると
ぼくは
「都会」や「田舎」といった概念も
ニンゲンが作り出した
やっかいな括りの一つだと知る


世界の歪みに
心が摩擦音を立てる

これはきっと
動物の鳴き声が
ニンゲンの言葉に変わった瞬間に違いない
日常とは言葉の生まれる瞬間なのだ
ぼくらはいつもその立会人だ


言葉とは
憎しみの唄
摩擦音なのだ
優しさを踏みにじる
傷跡なのだ


ウィンカーの
チッカ チッカ チッカと鳴る音
ハンドルを切ると町並みは一転
山の景色に変わる
田んぼや畑や整備不足の農道を
車をボンボンを跳ね上げながら走る


絶え間なく生産される命
待てよ



ぼくらは
死後の世界にいるのかもしれない
ここはきっと
裏町の表側なのだ


車の中で
ぼくは存在に触れる

世界の仕組みの中に入り込む


直ちに秩序は意味を亡くす
夏の虫は力尽きて鳴き声を失う
車体を突き抜ける音は
表側の世界の人々の声だ
セミの抜け殻は始点の場所を示す

ここは意識の裏側


光と目の邂逅は
隙間だらけのフェルトの様だ
風も光の音も匂いも抜けていく
人間の命を抜けていくのだ
ハイウェイの様に
高速でビュンビュンと
魚のように背鰭を揺らしながら
前進をし続けるのだ

ニンゲンはビルディングの隙間で肩寄せあいながら
または畑の中のビニールハウスで
星図の中に示される宇宙のように
後景に遠ざかる

「この町ではね
変死体が多く出るって
有名でね」



助手席の同僚がぼくの耳元に囁いた
「田舎」へ行くほど
死の匂いが強くなる
都会ではそれが芳香剤と化学物質の放散によって消し去られ
死は悪となり
狂気は正気の世界に取り込まれる
狂った集団が朝陽の中ビルディングに飲み込まれていくのだ

畑仕事をしている農夫の指先は
土の裏側に表の世界の営みを感じているのだろうか?

通学路を
スカートの裾を翻しながら
自転車を漕ぎいだす女子学生
下着が丸見えになっているが
それは都会の配列とは違った意味の体系であり
ぼくらは新しい記号の乱立に
失った世界の
何分何十秒後に居るのかを知るのだ
君が今イオンの食品売り場で買い物カゴに野菜を放り込んでいる間にも
残された時間がニンゲンの血にしみこんでいくのだ