I,右手の為の、
黄昏を飲む
ミルクを飲む
黎明を飲む
すなわち瞭然の轍が刻む
ゲットー 傷痍の包帯
ゲットー 腐敗した彼等
ゲットー ポーランドの陰鬱と激情と暴風雪に満ちたマズルカを啜り泣く寡婦よ
生を生とする迄懺悔に暮れる
異邦の異人を
焼夷弾 糜爛たる皮膚と肉の燃焼を
劈く咽喉 惨死たる子供達の靴を積む
焼却炉は
骨を
肉塊の樹と神経髄の炎に抱く
聖母は御子とともに
熔融し
機銃操縦桿を握れ
薬莢の鋳物を
薔薇と兵士より
轢死の姿勢は機械矯正器に磔けられた
別の歌を唄う
鸚哥の去ったケージ 総て且つ唯一を沸騰する心像樹の、ミルクの、
舗装路の
隧道の花々は愈々濁りつつ
人間の尊厳は紙幣印刷場のインクより齎され
聖霊は世界焼却の荘厳彌撒を執り行う
囁きを囁きながら
世界像の晦冥と亙る茫洋を
検閲され花束となる
その
称讃辞の屍骸
人類の祝祭を揚げよ
ゲットー 壊疽は柩に擱く
ゲットー 根は労働を退化してゆき
ゲットー 復も採鉱夫は血を嘔吐する
後悔は二十日鼠 それを引裂く鉤爪は想像力
ゆえにこそ汝は在り汝の脳髄を
脳髄を働かせよ汝はゆえに
ゲットー 恢癒なき今を今瞠る その時
II,ひだりてのための、
きみのやわらかな髪
血のミルクを飲む
それらは夕刻に来る
戸口を叩く朝な夕な
静かに柩が燃える
罌粟の日々に
アメリカ人おまえはユダヤ人のゲットーを築く
もっと死を汚らしく縁取れ
瞋りやまない正義の
純血の麗しいメルセデスきみのやわらかな髪
混血の麗しいユディットきみの頑なな瞳
きみが別たれる時近く遠い時
そして書く
死に遭いみまわれる罌粟の日々
埃及の少年達の
星々のダイナモを動かす鋼鉄の頽廃を呈した首都
そしてそう書く
そこも悪くはないだろう アメリカの窓には
バビロンおまえは墓を掘る朝な夕な
アメリカよおまえはユダヤ人のための火薬庫
アメリカ人よおまえは神経病質なオルガナイザーの
調律しろもっと煽情にシンセサイザーを
ユダヤ人の墓を掘れおまえはアメリカから神経病質なオルガナイザーの
血のミルクを飲む
朝な夕な青空に墓を掘れそこはきっと佳い所
もっと汚らしく火薬庫を縁取れ純血の麗しいメルセデス
アメリカの窓瞋りやまない正義の
そしてきみは書くアメリカの窓に
汚らしく神経病シンセサイザーよもっと麗しく墓を掘れ
朝な夕な血のミルクを飲む
朝な夕な死に遭いみまわれるメルセデスきみのやわらかな髪
罌粟の日々に
血のミルクを視る者を悉くを破壊する
埃及の少年達の
混血の麗しいユディットきみの頑なな瞳
朝な夕な雲に墓を掘れそこはきっと佳い所
調律しろもっと煽情にシンセサイザーを
バビロンは時近く遠く時近く書く
もっと逞しくダイナモを動かせ頽廃をして鋼鉄する首都
ユダヤ人おまえは
静かに柩が燃える朝な夕な
混血の麗しいメルセデスきみのやわらかな瞳
純血の麗しいユディットきみの頑なな髪
混血の麗しいメルセデスきみのやわらかな髪
純血の麗しいユディットきみの頑なな瞳
静かに柩が燃えるユダヤきみの
選出作品
作品 - 20161105_474_9240p
- [佳] パウル・ツェラン頌・或は罌粟と無花果 - 鷹枕可 (2016-11)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
パウル・ツェラン頌・或は罌粟と無花果
鷹枕可