数えきれない夜に、数えきれない星が空を巡り、数えきれない大きな袋が、数えきれない煙突に、数えきれないサンタと、数えきれないトナカイが、数えきれない子どもへ、数えきれないプレゼントを、数えきれないメリークリスマスに、数えきれないろうそくと、数えきれないお父さんとお母さんと、数えてもらえなかったわたしと、欲しくもなかったプレゼントが、いま心に赤いリボンがぎゅっとかけられて、今年も切なく終わりを迎える、この世の中に分母がどんどん広がっていく限り、わたしも君も、完全に消えるわけじゃないのに、どんどん見えなくなって、ろうそくの火みたいに、ふっと消える。
おやすみおやすみおやすみなさい、おやすみしなければいけない、おやすみしたら明日がやってくる、おやすみは子どもの義務、おやすみはすぐにやってくる、おやすみは体にとって大切、おやすみでお休みなんかできない、おやすみなんかおやすみなんかおやすみなんかサンタが来るからっておやすみするもんかってところで程よくお酒が回って目がまどろみ、わたしもわたしという意識からさよなら、時計を見るとたぶん午前二時、午前二時のおやすみなさい、午前二時のだいすき、午前二時のあいしてる、午前二時のねえ、起きてる?午前二時の、二時の、二時の、二時、本当に今は二時なのかしら、時計をもう一度確認、して、ちょう、だい。
せめて大きな靴下に入っていればよかった、プレゼントはだいたいダンボールに入っていた、来たのはサンタじゃなくてクロネコヤマトの宅急便のお兄さんだった、希望通りの商品が希望通りの個数で希望通りの日時で希望通りに到着した、でもそんなことは望んでなんかなかった、赤いリボンはもっときつく心を締め付けた、分母はいつもひとりだった、たったひとりのわたしが、この狭い津田沼の六畳間に、世界とは、世界とはと問い続けて、津田沼のことさえ全く知りもしないのに、津田沼の端っこの六畳間で、数える気もないのに空を見上げ、数える気もないのに煙突を探し、数える気もないのにプレゼントを考え、数える気もないのに数える気もないのに数える気は全くないくせに、それでもメリークリスマスは当たり前のようにやって来るんだから、やって来るってやって来るってやって来るってんのに何の準備もしてないし、してないよしてないよどうせするつもりもないんだけど、必ずいつだって分母はひとりでひとつで、それは津田沼の六畳間にぽつんと、今、ここで、横に、なっている。
振り向けば愛してる愛してる愛してるって、午前二時に午前二時の午前二時にはサンタクロースが愛を運んで、よく眠る良い子に愛を運んで、欲しいとも欲しくないともそれとも何が欲しいかもわからなかったあの子にも、数えきれないから不平等に、それはもうバラバラに不公平にプレゼントは配られて、それでもちゃんと見てたよ、君のことは知ってたよ、でも君のことは愛することはできないよ、津田沼の六畳間から、ちゃんと、六畳間からちゃんと、世界とは何なのか考えてた、君って一体何なのか考えた、君が思う、君が好きなわたしって何なのか考えてた、ごめん、ごめんごめんごめんって、君のことはちゃんと数えてる、君のことはちゃんと思っているんだよ、思っていたけど、でもやっぱりわたしは君を愛することはできない、わたしは君に何ひとつプレゼントはあげられない。津田沼の六畳間には、サンタはいないしサンタは来ない。まともに世界にいる子どもの数なんて数え切れないからこの世はまだらに幸せになっていて、幸せのとなりにすぐ不幸せが存在して、不幸せは不幸せなのを悟られないようにどんどん津田沼の六畳間で小さくなっていく、どんどん分母は小さくなる、最終的には分母はひとりでひとつになって、天井の明かりみたいに、ふっと消える。
選出作品
作品 - 20161104_380_9236p
- [優] メリークリスマス - 熊谷 (2016-11)
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メリークリスマス
熊谷