いつから家は家だったのだろう?
(チャイナ・ミエヴィル『クラーケン』下巻・第五部・59、日暮雅通訳)
ドアってやつはいつドアでなくなる?
(ジョン・スラデック『時空とびゲーム』越智道雄訳)
ドアを見たら、開けるがよい。
(ロバート・シルヴァーバーグ『ガラスの塔』9、岡部宏之訳)
彼は衣装戸棚の扉をぐいと引き開けた。何も掛かっていないハンガーがカラカラと音をたて、扉に掛かっていた彼自身のオーバーコートがふわりと飛び出して両袖が揺れた。だが、彼女の衣類はそこには一枚もなかった。
ただの一枚もなかった。
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』II・[4]・IV、鈴木克昌訳)
──大切なのは釣りをしている気分であって、かかる魚ではない。同じように、大切なのは愛している気分であって、愛する女性ではない。
そう思っていたのが、若いときだった。
(チャールズ・L・グラント『死者との物語』黒丸 尚訳)
恋は人を幸福にはしない。何人かの思想家の後で彼もそう考えた。だがそのことを確認したところで、やはり幸福になれるわけではないのだ。
(ミッシェル・デオン『ジャスミンの香り』山田 稔訳)
すべての家具の形態のなかでもっとも想像力に乏しいものがベッドであるのは興味深い。
(J・G・バラード『二十世紀用語辞典プロジェクト』木原善彦訳)
彼は部屋を出て、階段を下り、丘に生えた一本の木のところまで歩いていった。完璧な日だった。昼間というものの歴史が目の前にまるごと広がっている気がした。燃えるような草は、これまで見てきたすべての草を代表していた。
(フリオ・オルテガ『ラス・パパス』柴田元幸訳)
電話がさんざんさんざん鳴った末に誰かが出る。向こう側から、聞き覚えのある沈黙。
(ケリー・リンク『マジック・フォー・ビギナーズ』柴田元幸訳)
電話口のクラークからは、裏手のベランダまで見通せた。
(メアリ・ロビンソン『おまえのほうが……』小川高義訳)
従業員が地面を掃いていた。つぎの当たったグレーのオーバーオールを着ている。なんだか地面そのものから生えてきたみたいな男だ。それほど周囲に溶け込んでいる。
(エドラ・ヴァン・ステーン『マルティンズ夫妻』柴田元幸訳)
洗濯ロープにぽつんと一枚吊るされたタオルがその情景を見守る。
(クラリッセ・リスペクトール『五番目の物語』柴田元幸訳)
「どうしてあくびはうつるのか?」
(ジェラルド・カーシュ『狂える花』駒月雅子訳)
彼のことばがおわらないうちに、扉(とびら)がひらいて、若い婦人がはいってきた。質素だが身だしなみのよい服装をしていて、千鳥の卵のようなそばかすのある顔は、いきいきと賢そうで、ひとりの力で世の中を歩いてきた女の人らしく、態度もきびきびしている。
(コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』ぶなの木立ち、阿部知二訳)
彼女の視線はゆっくりと動いて、すべてのものの上を渡り歩いた。
(ロバート・ネイサン『ジェニーの肖像』7、井上一夫訳)
彼女はふり返って、微笑(ほほえ)んだ。「今度は何を考えているの?」と彼女は尋ねた。
はじめて彼女の顔を正面から見つめた。その顔は理解を越えるほど素朴な顔だった。つぶらな目があり、そこでは不安はただ不安であり、喜びはただ喜びだった。
(ハインリヒ・ベル『X町での一夜』青木順三訳)
彼女は頭がおかしいという噂をたてられていた──事実またそのとおりだった。
(カブレラ=インファンテ『亡き王子のためのハバーナ』変容の館、木村榮一訳)
君に必要なものがぼくにはわかっていた。単純な感情、単純な言葉だ。
(ナボコフ『響き』沼野充義訳)
彼は指を突き出して、宙に小数点を書いた。でも、ラルフ・サンプソンはその点にさわれる。彼がさわると、点がバスケットボールに変わる。一点差の勝ちだ。ジャンプして、シュートだ、ラルフ。得やすいものは失いやすい(イージー・カム・イージー・ゴー)。
(アン・ビーティ『貯水池に風が吹く日』7、亀井よし子訳)
ペドロは、彼女は頭がおかしいと言う気になれなかった。事実おかしかったからだ。それに、タンクには小壜一本分のガソリンすら残っていないにちがいない、と言ってやる気もしなかった。馬の耳に念仏だったからである。
(ブライス=エチェニケ『幾たびもペドロ』2、野谷文昭訳)
人間は自分の何気ないひと言がどのような結果をもたらすのか、まえもって知ることはできないのだ。
(E・E・ケレット『新フランケンシュタイン』田中 誠訳)
「いったいなぜぼくらは年を取るんだろう? 時々……自然じゃないように思えることがあるんだ」
見なくても彼女が肩をすくめるのが感じられた。「それが人生なのよ」
ぼくにとっては、それではあまり答えにはなっていないのだ。疑問が深まれば深まるほど、答えはどんどん浅いものになってゆく──いちばん深い疑問には、結局、答えなんてぜんぜんなくなってしまうんだ。なぜ物事ってのはこんなふうなんだろう、キャス? ため息をついて、腕が触れあう。
(キム・スタンリー・ロビンスン『荒れた岸辺』下・第三部・16、大西 憲訳)
「神の困ったところは、めったにわれわれの前へ現われないことじゃない」とキッチンはつづけた。
「神の困ったところは、その正反対だ──神はきみやおれやほかのみんなの襟がみを、ほとんどひっきりなしにつかんでいる」
(カート・ヴォネガット『青ひげ』21、浅倉久志訳)
レジナルド卿は、精いっぱい抵抗するものの、銃口がまっすぐ自分を狙っているのに気づいた。まるで、スローモーションの映画を見てでもいるように、奇妙なくらい鮮明にすべてを見ることができ、感じることができた。丸い銃口がとても大きく見え……その上に、憎悪をむきだしにした、引きつりゆがんだゲリラの凶悪な顔をはっきりと見た。拳銃を握る男の拳がしろくなりはじめているのすら見ることができた。
(テレンス・ディックス『ダレク族の逆襲!』2、関口幸男訳)
ソルは知っている。サライはレイチェルの子供時代の各成長段階を宝物のようにたいせつにしており、日々のありふれた日常性を慈(いつく)しんでいた。サライの考え方によれば、人間の経験の本質は、華々しい経験──たとえば結婚式がそのいい例だが、カレンダーの日付につけた赤丸のように、記憶にくっきりと残る華やかなできごとにではなく、明確に意識されない瑣末事の連続のほうにあるのであり、一例をあげれば、家族のひとりひとりが各自の関心事に夢中になっている週末の午後の、さりげない接触や交流、すぐにわすれられてしまう他愛ない会話……というよりも、そういう時間の集積が創りだす共同作用こそが重要であり、永遠のものなのだ。
(ダン・シモンズ『ハイペリオン』下・学者の物語、酒井昭伸訳)
きみも、見てはいるのだが、観察をしないのだよ。見るのと観察するのとではすっかりちがう。
(コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』ボヘミヤの醜聞、阿部知二訳)
ふしぎな感銘とか異常なものごととかをもとめるならば、われわれは、いかなる想像のはたらきにもまして奔放なところをもつ実人生そのものについて見なければならないのだ
(コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』赤髪連盟、阿部知二訳)
人生というものは、人間の頭ではとても考えられないほど、ぜったいにふしぎなものだね。日常生活のまったくありふれた事柄でさえも、とうてい、われわれの勝手な想像をゆるさないものをふくんでいるのだ。
(コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』花婿の正体、阿部知二訳)
ルーシーにいうつもりはなかったが、ルーシーにはあってじぶんにはない資質がなにか、最近分かってきたような気がしていた。それを言葉にするのはむずかしい。ある意味では、ジェーンがいつもいっていることで、ルーシーには芯がある。ルーシーはきっといい女優になれるが、それは彼女にはしっかりとした基盤のようなものがあるからだ。あらためてなにかをでっちあげる必要がない。ピギーはいつもいっていた。マリリン・モンローが素晴らしい女優なのは、彼女のなかにべつな人間が隠れているのがだれにでも分かるからだ。くすくす笑ったり、口をとがらせたりすればするほど、隠れているべつの人間の存在がますますリアルになってくる。
(アン・ビーティ『愛している』16、青山 南訳)
ここでは、顔があくびをし、物をほおばり、また傷あとをとどめ、愛と見えるものに焦がれ、金切り声をあげている。どれもが千の顔のひとつであり、二度と見ることはない。
(サミュエル・R・ディレイニー『アインシュタイン交点』伊藤典夫訳)
あのすべてはどうなったのか? また、そのほかの誰も知らないことども。たとえば母親の眼差し、愛にあふれ、しばしば彼の上で安らっていた眼差しは、もしかするとゲオルクの善良さのなかに生きつづけていたのではなかったのか。彼の髪の黒っぽい捲き毛のなかに、子どものくせ毛をやさしく撫でていた手のあとがのこっていたのではあるまいか。しかし、いまやそのすべてが死んでしまった。
(ベーア=ホフマン『ある夢の記憶』池内 紀訳)
カーキ色の服の男は、靴紐のない靴をみつめたまま、首をふった。靴にこびりついた泥のかたまり。生きることの苦痛。彼は静かに考えていた。これは宇宙の物質──物質ではあるが、いつか精神に昇華するもの。精神も靴も、彼にとってはまったく同じで、ただ、より基本的なものが、物質としての姿にあらわれる。物質こそ原初の個性的な存在である。
(ウィリアム・ピーター・ブラッティ『エクソシスト』プロローグ、宇野利泰訳)
物がいつ物でなくなるのだろうか?
(ロジャー・ゼラズニイ&フレッド・セイバーヘイゲン『コイルズ』14、岡部弘之訳)
有限の存在である人間が無限を知ることができるのは、有限の事物を介してのみである。
(ウンガレッティ『詩の必要』河島英昭訳)
ぼくが読んだ本のなかに、ラブレーという作家について書かれた一冊がありました。死の床(とこ)で、ラブレーはこういったそうです。〈わたしは、不確実なものを探しに行くだけだよ〉
(R・C・ウィルスン『連環宇宙』第三十二章、茂木 健訳)
ああ、ぼくはそんなことをすでにみな話していたな、ちがうか?
どうだか、わからない。心の中であまりに多くのことが動きまわっているので、これまでに起こったことと、まだ起こっていないことと、心の中以外では絶対に起こらないことについて、ぼくはいささか混乱している。
(フレデリック・ポール『ゲイトウエイ3』上・9、矢野 徹訳)
グローヴァーは話し終えると、トレイシーが何かを言うのを待った。そんなに多くを語ってしまったことを彼は悔やんでいた。気恥ずかしさを彼は感じていた。自分は自ら選んで犬になったわけではないのだ、そのような常軌を逸した行為の数々は必要性から生まれるものであって、嘆き悲しむべきことではないのだということを、彼女にわかってほしかった。ときとして、一人の人間の、人間であることへの怒りは、予期されるものを大胆に改変してしまうというかたちで、もっともみごとに顕在化されるのだ。なぜなら人々の自己などというものはほとんどうわべだけのものにすぎないからだ。
(マーク・ストランド『犬の生活』村上春樹訳)
なにごとも、そうなるべき必然性はない。
(ジョン・クロウリー『時の偉業』4、浅倉久志訳)
「未来から目を背ける訳にはいかないんだ」
「そうよ、そうだわ。それは真実よ」彼女は窓から気怠い午後の景色を噛みしめていたが、彼の言った意味でではなかった。
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』I・[2]・I、鈴木克昌訳)
「この犬は夢ばかり見ているのよ」
(コルタサル『秘密の武器』木村榮一訳)
感情の発展過程で、ある点以上には絶対成長しない人がある。かれらは、セックスの相手と、ふつうの気楽で自由な、そしてギブ・アンド・テイクの関係をほんの短いあいだしか続けられない。内なる何かが幸福に耐えられないのだ。幸福になればなるほど、破壊せずにおけなくなる。
(フレデリック・ポール『ゲイトウエイ』20、矢野 徹訳)
それはかめへんのよ。
(エリザベス・A・リン『北の娘』1、野口幸夫訳)
それは問題じゃないのよ、
(ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』ギレアデ、深町真理子訳)
いちばん大きなものだって失われてしまうのに、小さなものが生き残るなんて誰が予想するでしょう? 人は何年もの時を忘れ、瞬間を覚えています。数秒の時間、象徴的なもの、それだけが残って物事を要約します──プールに掛かった黒い覆い、とか。愛は、いちばん短いかたちでは、ただのひとつの言葉と化します。
(アン・ビーティ『雪』柴田元幸訳)
「愛ね。そんなに重要なものかしら。あなたは先生だったから、ご存じでしょう。重要なもの?」
(P・D・ジェイムズ『策謀と欲望』第二章・15、青木久恵訳)
「愛って、名詞でもあり動詞でもあるのよね」
(オーエン・コルファー『新銀河ヒッチハイク・ガイド』下・第8章、安原和見訳)
その忘れがたい素晴らしい思い出によって、われわれはいつも被害を受けるのだ、
(ブライス=エチェニケ『幾たびもペドロ』1、野谷文昭訳)
幸福がひとを殺さないということが、どうしてあり得るのだろうか?
(ガデンヌ『スヘヴェニンゲンの浜辺』21、菅野昭正訳)
自分を破壊する者を愛する人は必ずいるものだ
(フリッツ・ライバー『現代の呪術師』村上実子訳)
ぼくはここからはじめる。
(オースン・スコット・カード『キャピトルの物語』第一部・5、大森 望訳)
「昔には帰れない」と、ことわざはいう。
そう、帰れないのはよいことなのだ。
(R・A・ラファティ『昔には帰れない』伊藤典夫訳)
人間が二度と戻ってこないというのはよいことなのだ
(ブライアン・W・オールディス『銀河は砂粒のごとく』3、中桐雅夫訳)
ぼくは告白を書く。詩を書く。
(R・C・ウィルスン『連環宇宙』第三十二章、茂木 健訳)
書くことに意味などないのなら、いったい何に駆り立てられてぼくは詩作をしているのだろうか。
(ナボコフ『賜物』第1章、沼野充義訳)
ぼくはふたたび存在するようになったのだ。
(スティーヴン・バクスター『タイム・シップ』下・第六部・1、中原尚哉訳)
日常生活では、詩への無関心は人類のもっとも目立つ特徴の一つである。偉大な詩が人類の最大の業績だということを否定する人はほとんどいないのだが、詩を読む人は殆どいないのだ。
(ロバート・リンド『無関心』行方昭夫訳)
美しいものというものはいつも危険なものである。光を運ぶ者はひとりぼっちになる、とマルティは言った。ぼくなら、美を実践する者は遅かれ早かれ破滅する、と言うだろう。
(レイナルド・アレナス『夜になるまえに』刑務所、安藤哲行訳)
育ちや経験の偶然による違いが人格に大きな違いを産むとでも思っているのかね?
(マイクル・スワンウィック『大潮の道』13、小川 隆訳)
肝要なこと、それは偶然性である。定義を下せば、存在とは必然ではないという意味である。存在するとは、ただ単に〈そこに在る〉ということである。
(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)
禅の庭は、断片だけ書きこまれた詩にたとえられる。空白を埋められるかどうかは、読み手の明敏さにかかっている。詩人の役目は自分のために閃きを得ることではなく、読み手の心にそれを呼び起こすことだ。禅の庭を作った人はそのことを知っている。庭を愛でる人々の間で、時としてまるで相反した見方が生ずるように見えるのはそのためだ。
(ミシェル・トゥルニエ『メテオール(気象)』第十八章、榊原晃三・南條郁子訳)
何という表現形式であろうか! どうして今まで誰もこの表現形式の秘密に気づかなかったのだろう?
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』II・[6]・I、鈴木克昌訳)
知っている事柄を適正に配置することによって知らない事柄まで自然と顕(あらわ)になってくる
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』II・[5]・I、鈴木克昌訳)
ぼくは他人の思い出の品が好きなんだ。自分自身のよりね。
(トマス・M・ディッシュ『老いゆくもの』宮城 博訳)
確かな確かさ
(チャイナ・ミエヴィル『クラーケン』上巻・第二部・37、日暮雅通訳)
人間につくられたものだが、人間以上のもの──
(ポール・アンダースン『ドン・キホーテと風車』榎林 哲訳)
かつて自分がもっていたもの、とりにがしてしまったなにか。
(R・C・ウィルスン『世界の秘密の扉』幕間劇・2、公手成幸訳)
あの何か間違ってはいないものの響き、ずっと昔に起こった何かの経験、正しく光り輝くものであったことの?
(オラフ・ステープルドン『オッド・ジョン』10・世界の現状、矢野 徹訳)
愛はたった一度しか訪れない、
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)
どうして一度も、愛していると言ってやらなかったのだろう。
(ルーディ・ラッカー『ホワイト・ライト』第一部・5、黒丸 尚訳)
なぜ「きみを愛している」といえなかったのか?
(リチャード・コールダー『アルーア』浅倉久志訳)
きみから逃げたのは、好きで好きでたまらなかったからなんだ。
(コードウェイナー・スミス『星の海に魂の帆をかけた女』10、伊藤典夫訳)
ある瞬間から次の瞬間までのあいだのことが思いだせない。
(ゴードン・リッシュ『はぐらかし』村上春樹訳)
自分で書いた詩行さえ覚えていないのだ。
(J・L・ボルヘス『ある老詩人に捧げる』鼓 直訳)
あんまり頭がいいほうじゃないから。
(ウォルター・テヴィス『マイラの昇天』伊藤典夫訳)
思い出せないことは、再発見するしかないのだ。
(R・C・ウィルスン『無限記憶』第一部・7、茂木 健訳)
発見するということ以上に、魅力的なことは他にない。
(アンドレ・ジッド『アンリ・ミショーを発見しよう』小海永二訳)
詩人とは、瞬間の中で生き、と同時に瞬間の外に立って中を見ている存在であるはずだ。
(ケリー・リンク『墓違い』柴田元幸訳)
しかも、物語の多くを間違って覚えている。
(ロジャー・ゼラズニイ『アヴァロンの銃』6、岡部宏之訳)
人間にいろんな面があるのなら、もちろん、状況にもいろんな面があるんだ。
(アン・ビーティ『愛している』25、青山 南訳)
すべてがノイズになる。
(ジョン・スラデック『使徒たち──経営の冒険』野口幸夫訳)
本当の偉大な画家は、最大の効果が得られる色ならなんでも使う。
(デイヴィッド・マレル『オレンジは苦悩、ブルーは狂気』浅倉久志訳)
制限する要素は、自分自身にある。
(R・C・ウィルスン『世界の秘密の扉』第二部・第十一章・1、公手成幸訳)
わたしたちは限界によって自由になる。みずからをひとつの世界に制限することで、このひとつの世界を本当の意味で味わえるのだ。
(R・A・ラファティ『第四の館』第十一章、柳下毅一郎訳)
物語のなかでは、失われるものなど存在しないのだ。すべては形を変えるだけ。
(ジェフ・ヌーン『葉分戦争』田中一江訳)
語り手たちがなにかを捨てることはぜったいない
(ジョン・クロウリー『エンジンサマー』大森 望訳)
次のことは銘記せよ。人びとがことばをかわすとき、たがいの顔に何が起こるか、それが小説の本題なのだ
(サミュエル・R・ディレイニー『ノヴァ』6、伊藤典夫訳)
思い出が彼女の顔をやさしくしていた。
(ゼナ・ヘンダースン『血は異ならず』帰郷、宇佐川晶子訳)
幸福でさえあれば、ちっとも構わないじゃない?
(ジョン・ウィンダム『地衣騒動』1、峯岸 久訳)
じつを言えば、たいていなにをやっても楽しいのだ。
(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』13、安原和見訳)
人間はその生涯にむだなことで半分はその時間を潰している、それらのむだ事をしていなければいつも本物に近づいて行けないことも併せて感じた。
(室生犀星『杏っ子』むだごと)
誰が公立図書館を必要とする? それに誰がエズラ・パウンドなんかを?
(チャールズ・ブコウスキー『さよならワトソン』青野 聰訳)
まあ、詩というものは、できてしまえば、なんとなく生気を失うものよ……完成しないことこそが、それに無限の生命を与えるわけだわ。彼女は、独りで微笑した。
(ベンフォード&ブリン『彗星の核へ』下・第六部、山高 昭訳)
しかしどんな芸術においても、いちばん大切なのは、芸術家が自分の限界といかに戦ったかということなんだ
(カート・ヴォネガット『国のない男』12、金原瑞人訳)
どうだろう、ゲイに転向するというのは?
(J・ティプトリー・ジュニア『大きいけれど遊び好き』伊藤典夫訳)
男にもし膣と乳房があれば、世の中の男はひとり残らずホモになっているだろう、とシルビオ・リゴールは口癖のように言っていた
(カブレラ=インファンテ『亡き王子のためのハバーナ』変容の館、木村榮一訳)
愛するのには相手が要(い)るけど、別れるにも相手が要るのよね
(マーガレット・ドラブル『再会』小野寺 健訳)
どんな経験も価値あるものになりうる
(ブライアン・オールディス『子供の消えた惑星』1、深町真理子訳)
心は、自分が経験していることを理解しようとする
(コニー・ウィリス『航路』下・第三部・47、大森 望訳)
なにかを見るために、それを理解する必要はない。でも理解するためには、それが見えなければいけない
(R・C・ウィルスン『観察者』茂木 健訳)
理解するというのはたんに原理を知ることとはちがう。
(ルーシャス・シェパード『メンゲレ』小川 隆訳)
だが理解するなどというのは驚くのにくらべ、じつにつまらないことだった。
(ブライアン・W・オールディス『隠生代』第二部・1、中上 守訳)
人はそれぞれ自分流の驚き方をする。
(カミロ・ホセ・セラ『二人の死者のためのマズルカ』有本紀明訳)
美しいものを見る喜びは他人の存在によって倍加する、と聞いたことがある。謎めいた共感がそこに加わり、ひとりの心ではつかみきれない微妙なものが明らかになるからだ。
(ジャック・ヴァンス『音』II、浅倉久志訳)
とにかくわれわれ人間は数が多すぎるうえに、だいたいの人間が自分が幸せになる方法も、他人を幸せにする方法も知らない。
(P・D・ジェイムズ『不自然な死体』第一部・12、青木久恵訳)
ビリー・ブッシュはスモーキィを見詰めた。まるで、紙の上に書かれた単語と日頃喋っている単語とが同じものであることを、初めて理解したかのようだった。
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』I・[2]・II、鈴木克昌訳)
「自分が年老いたように思えるというのは、多分、世界が古いってこと──それもとっても古いってことが判るようになったことなのさ。自分が若い頃は、世界も若く見えるもんだよ。ただそれだけのことさ」
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』I・[2]・II、鈴木克昌訳)
「ぼくはあの薔薇を憶えている。そしてあの薔薇も、ぼくを憶えているんだ」
(R・C・ウィルスン『無限記憶』第二部・12、茂木 健訳)
私は昨日の私と同じ人間だ。だが、昨日の私は誰だったのだろう。
(P・D・ジェイムズ『罪なき血』第一部・5、青木久恵訳)
二人のことは鮮明に思い出すことができた──二人の女性は、チャーリーの人生の中で、お互いに何年も隔たった存在なのに。
(シオドア・スタージョン『ヴィーナス・プラスX』大久保 譲訳)
単語と単語のあいだに何か月もの時間が広がっているかもしれないなんて、想像したことがあるだろうか
(ジーン・ウルフ『ピース』2、西崎 憲・館野浩美訳)
音と音との距離は音そのものと同じくらい重要な意味をはらんでいる。
(ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』丹治 愛訳)
すべては失われたものの中にある。
(アンナ・カヴァン『失われたものの間で』千葉 薫訳)
時も場所も、失われたもののひとつだ。
(アンナ・カヴァン『失われたものの間で』千葉 薫訳)
人間とはゆっくりと燃える存在だ。
(グレッグ・ベア『女王天使』上・第一部・13、酒井昭伸訳)
僕は絶えず作られ、作り直される。それぞれの人が僕からそれぞれの言葉を引き出す。
(ヴァジニア・ウルフ『波』鈴木幸夫訳)
言葉が語る。
(マルティン・ハイデッガー『言葉』清水康雄訳)
お座なりの拍手を浴びてわたしはさがると、テーブルをまわりはじめた。ジョークをいったり、お世辞をいったり、世の中をうまく動かしていくのは他愛ない軽口なのである。
(マイクル・スワンウィック『ティラノサウルスのスケルツォ』小川 隆訳)
空は雲でいっぱいだった。
(チャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』上巻・第二部・17、日暮雅通訳)
雲の中にはあらゆる種類の顔があるわ。
(チャイナ・ミエヴィル『細部に宿るもの』日暮雅通訳)
若い時、わたしは画家になりたかった。
(ドナルド・バーセルミ『月が見えるだろう?』邦高忠二訳)
画家は筆運びを見て画家を知る。音楽家は演奏を聴いて数百万人のなかから音楽家を見いだす。詩人は数音節で詩人を知る。とりわけ、その詩から一般的な意味や形が排されている場合には。
(ダン・シモンズ『エンディミオンの覚醒』下・第二部・20、酒井昭伸訳)
芸術家の場合は作品と対(たい)峙(じ)した瞬間にその質がわかるというか、眼にするのと判断するのがほぼ同時というか、いや、ごくわずかだが眼にする前にその価値がわかってしまうというか、
(ジョン・ランチェスター『最後の晩餐の作り方』冬、小梨 直訳)
自分の作品を完全に表現した人間が誰かいるとすれば、それはシェイクスピアでしょう。
(ヴァージニア・ウルフ『自分だけの部屋』3、川本静子訳)
なぜ生きていたいと思うのだろう?
(フィリス・ゴットリーブ『オー・マスター・キャリバン!』18、藤井かよ訳)
意識が連続性を保とうとするのは自然なことよ。
(ケン・マクラウド『ニュートンズ・ウェイク』B面12、嶋田洋一訳)
彼は通りにいるすべての人間なのである。その通り自体でもあった。
(イアン・ワトスン『マーシャン・インカ』I・5、寺地五一訳)
人は、たくさんのものに、たくさんの愛に、そしてたくさんの夢に別れを告げるものだ。
(クリフォード・D・シマック『中継ステーション』36、船戸牧子訳)
遠からず君はあらゆるものを忘れ、遠からずあらゆるものは君を忘れてしまうであろう。
(マルクス・アウレーリウス『自省録』第七巻・二一、神谷美恵子訳)
わたしたちにどんな存在価値があるの?
(ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』5、深町真理子訳)
自分自身にむかってすこしばかり自慢できるということは、かれらの人生に、補遺という形で一つの意味を与えるんだよ。
(ノサック『弟』2、中野孝次訳)
「王さまであるのは楽しいことにちがいありませんわ、たとえ阿呆どもの王さまにしてもね」
(D・H・ロレンス『翼ある蛇』下巻・18、宮西豊逸訳)
たいした詩人ですこと
(オースン・スコット・カード『死者の代弁者』上・1、塚本淳二訳)
誰のためにも奉仕しない想像力。
(コルターサル『石蹴り遊び』その他もろもろの側から・79、土岐恒二訳)
罪深いということが、たぶん人間の条件だったのだ。
(ブライアン・W・オールディス『解放されたフランケンシュタイン』第二部・5、藤井かよ訳)
要するに、自分を許してくれる人間がほしいってことさ
(コルタサル『生命線』木村榮一訳)
答が与えられるなら、ときに問いは奪われてもよい
(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』19、安原和見訳)
ひとは《いいお方》を訪問したら、自分自身も《いいお方》になる以外にすべはないのである。
(ノサック『弟』2、中野孝次訳)
まだあなたに話しているのか?
(ブライアン・W・オールディス『銀河は砂粒のごとく』3、中桐雅夫訳)
人々は時間なしには生きることができない。
(ノサック『クロンツ』神品芳夫訳)
時間とは、諸事が一時におこるのを防ぐものだ
(レイ・カミングス『時間を征服した男』1、斎藤伯好訳)
人類は客観的事実に縛られてはいない。
(フレデリック・ポール『マン・プラス』3、矢野 徹訳)
神々が人間に贈ることができる最も価値のある祝福は孤独なのだ、
(カミロ・ホセ・セラ『二人の死者のためのマズルカ』有本紀明訳)
現実であるのは孤独であることだ。
(ナンシー・クレス『プロバビリティ・ムーン』15、金子 司訳)
最も優れたものは孤独の中で作られるものであるらしい。
(ヴァニジア・ウルフ『波』鈴木幸夫訳)
豊かな想像力はつねに現実感に裏打ちされていなければならない。
(P・D・ジェイムズ『正義』第一部・3、青木久恵訳)
今ここで、時はもちろん春、アマガエルが、ライラックが、空気が、汗が乾いていく感触が、愛を語っていた。
(シオドア・スタージョン『ヴィーナス・プラスX』大久保 譲訳)
頭の中だけのことだ。
(A&B・ストルガツキー『収容所惑星』第二部・8、深見 弾訳)
「おまえさん、幽霊を信じる者は馬鹿だと思っとるだろ?」ずっと昔、ある老人に訊かれたことがある。「いやはや、幽霊のほうが何を信じてるか知ったら、さぞかし驚くだろうて!」
(R・A・ラファティ『第四の館』第十章、柳下毅一郎訳)
醜い者は、醜い者をひきつける。
(グレゴリイ・ベンフォード『大いなる天上の河』下・エピローグ・1、山高 昭訳)
「さあ、行きなよ、兄弟、自分の茂みを見つけるんだ」
(ナボコフ『森の精』沼野充義訳)
孤独にさえ儀式はある、と彼は考えた。
(ロッド・サーリング『孤独な男』矢野浩三郎・村松 潔訳)
言葉というものはすべて、経験を共有している必要がある。
(ホルヘ・ルイス・ボルヘス『一九八三年八月二十五日』柴田元幸訳)
ブライアが目の前の光景を表現する言葉を十個選べといわれたら、"きれい"はその中に入らなかっただろう。
事情を知らなかったら、戦争があったと思うかもしれない。何かひどい災害や爆発が風景全体を破壊したと思ったかもしれない。
(シェリー・プリースト『ボーンシェイカー』20、市田 泉訳)
「ひと目惚れですか」アレックスはいった。
アダムはうなずいた。《恋っていうのはいつだってひと目惚れですよ》
(ジャック・マクデヴィッド『探索者』7、金子 浩訳)
それはきみのもの──きみに属するものだ。
(R・C・ウィルスン『世界の秘密の扉』第三部・第十七章・2、公手成幸訳)
何もかも夢なんだよ。
(ハインリヒ・ベル『別れ』青木順三訳)
ぼくは彼のすべてが羨ましい。彼の苦しみの中には、ぼくには拒まれているあるものの萌芽があるように思えるのだ。
(コルタサル『追い求める男』木村榮一訳)
ところで、蜂蜜はおもちかな?
(エイミー・トムスン『緑の少女』上・16、田中一江訳)
我々は狒々でも犬でもない。ほかのものだ。
(フランソワ・カモワン『いろいろ試したこと』小川高義訳)
与えられないものは求めないこと
(ジョン・クロウリー『エンジンサマー』大森 望訳)
懐旧の念とは、取り返しのつかない喪失にひたすら苦悩することだ。とりわけ、手に入れたことのない物の喪失に。
(ジョン・クロウリー『訪ねてきた理由』畔柳和代訳)
それは彼が小さな公園で学んだことだった。
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』II・[5]・IV、鈴木克昌訳)
本が開かれた。そして読者がいる。このわたしが読者であり、同時にその書物でもある。
(バリントン・J・ベイリー『光のロボット』13、大森 望訳)
わたしこそがその場所。
(ハーラン・エリスン『鈍刀で殺(や)れ』小梨 直訳)
視覚が暗さに慣れきるには四十五分もかかる。女はそんな知識をいっぱいたくわえている。
(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『おお、わが姉妹よ、光満つるその顔よ!』浅倉久志訳)
誰かが使い方をまちがったからといって、それが使いものにならないとは限らない
(チャイナ・ミエヴィル『クラーケン』上巻・第二部・35、日暮雅通訳)
二十八歳になってもまだ大人じゃないことがわたしを苦しめた。
(イヴァン・ヴィスコチル『ヤクプの落し穴』千野栄一訳)
いうまでもないことだけれど、きれいだったよ、みんな。
(マーク・レイドロー『ガキはわかっちゃいない』小川 隆訳)
人々はたぶん、ほんの一瞬、かれの言葉の意味につまずくだけで、まさにかれはつまずかせるために話しているのであり、そうやって自分たちに教えようとしているのだと気づくだろう。
(フランク・ハーバート『デューン 砂丘の子供たち』第2巻、矢野 徹訳)
わしらは、真実なんていう知識を、こんな風に、本来一番信じていない者から知らされ、一番嫌っているものに無意識に引きずりまわされるもんじゃ。
(ラーゲルクヴィスト『巫女』山下泰文訳)
人を幸福にしてやれる。そう思うほどエゴを酔わせるものはない。夫婦仲がうまくいく根本の理由はそこにあるね。だが、もう片方にも幸せにしてもらう能力がなければならない。その能力は思ったほどそうざらにあるわけではない。
(P・D・ジェイムズ『罪なき血』第三部・8、青木久恵訳)
わたしは目が覚めていたが、しばらくはそのことに気づいていなかった。
(ジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』柳下毅一郎訳)
そして、わたしはもちろん、悪意がある以外はすべてにおいて潔白よ。
(ロジャー・ゼラズニイ『ユニコーンの徴(しるし)』7、岡部宏之訳)
どうやって目的地まで行くかってことは、どこへ行くかってことと同じくらい大切なんだよ。
(ダン・シモンズ『エデンの炎』上巻・3、嶋田洋一訳)
不在は存在よりもさらに多くを語る
(フランク・ハーバート『デューン 砂丘の子供たち』第2巻、矢野 徹訳)
一度気づいてしまったら、もうその事実に目をつぶるわけにはいかない。
(パット・キャディガン『汚れ仕事』小梨 直訳)
心こそ唯一の現実ではないか。人の考えこそ、その人を決定する。
(アルフレッド・ベスター『分解された男』2、沼沢洽治訳)
人間はまったくの孤独におかれると死ぬ。
(コードウェイナー・スミス『ナンシー』伊藤典夫訳)
転落の痛さを思い知らせるためには、うんと高いところへ押しあげてやる必要がある。
(ゴア・ヴィダール『マイラ』16、永井 淳訳)
一番大事なことは、実際頭が痛くなくても、頭痛は起こせるというのを知ること。
(カミロ・ホセ・セラ『二人の死者のためのマズルカ』有本紀明訳)
もし自分がたくさんいたら、よりよく物を見ることができるのだろうか?
(イアン・ワトスン『存在の書』第三部、細美遙子訳)
観察者は観察する行為を通じて、観察対象と相互作用をもつ
(R・A・ハインライン『異星の客』第二部・21、井上一夫訳)
誤植がいっぱいないような全集をもつ詩人は幸福なのであります。
(オーデン『作ること、知ること、判断すること』中桐雅夫訳)
「この世にはもとにもどせないものが四つある。口から出た言葉、放たれた矢、過ぎた人生、失った機会だ」と古人はいいました。
(テッド・チャン『商人と錬金術師の門』大森 望訳)
苦痛の原因はたいてい、ささいな事柄だと相場はきまっている。
(エリック・フランク・ラッセル『内気な虎』岡部宏之訳)
たえず苦労すると、人はどんなに衰えるものか。
(ジョアナ・ラス『フィーメール・マン』第二部・V、友枝康子訳)
「おまえは疲れてるんだ」彼は自分の声がそう言うのを聞いた。
(パット・ルーシン『光の速度』村上春樹訳)
迷うことはない。自分が誰であるかが分かっている限り、人は決して迷わないものだ。
(シオドア・スタージョン『ヴィーナス・プラスX』大久保 譲訳)
新しさこそ生の原理である。
(コリン・ウィルソン『賢者の石』I、中村保男訳)
答えはいつだって簡単なほどいいものなのだ。
(ノサック『弟』4、中野孝次訳)
ひょっとして、文体のことですか?
(ナボコフ『賜物』第1章、沼野充義訳)
その質問が終わって、ワインがなくなった。あるいは、その逆かもしれない。
(アブラム・デイヴィッドスン『眠れる美女ポリー・チャームズ』古屋美登里訳)
簡単に達成できて価値のあることなど、なにひとつ存在しないのだ。
(R・C・ウィルスン『クロノリス─時の碑─』第一部・2、茂木 健訳)
もはや、樹から花が落ちることもない、
(ナボコフ『言葉』秋草俊一郎訳)
人間であること、それが問題なのだ。
(フランク・ハーバート『デューン 砂丘の大聖堂』第1巻、矢野 徹訳)
ジムはいまだにそんな金持ちの空気をまとっていた。彼のオーラと霊能力は大部分、そうした集合的記憶から生まれていた。実のところ、人の影響力というのはまといついている些細なものから生まれるのではなかろうか?
(R・A・ラファティ『第四の館』第一章、柳下毅一郎訳)
本物の悲鳴はいつも偽物のように聞こえる。ちょうど、本物の恐怖が、同情心のない者には、つねに滑稽で軽蔑すべき対象のように見えるのと同じだ。
(R・A・ラファティ『第四の館』第十三章、柳下毅一郎訳)
ある夜、ストーリーテリングのコツを私に伝授しようと、あなたは言いました。「大部分を省略して語れば、どんな人生だってドラマチックに聞こえるものさ」
(アン・ビーティ『雪』柴田元幸訳)
ヒラルムは無言だった。生まれてはじめて、夜の正体を知ったのだ。夜とは、大地そのものが空に投げかける影であることを。
(テッド・チャン『バビロンの塔』浅倉久志訳)
詩人オーデンの忠言──「芸術家は敵に包囲されて暮らしているようなものだ」
(ジョン・ランチェスター『最後の晩餐の作り方』夏、小梨 直訳)
ありゃ、あんたの奥さんになる人だ。あるいは──地獄にはならないかもしれんが、兄弟よ、ちょっとした人生になる!
(ウィリアム・テン『道化師』中村保男訳)
すでに解答を知っている場合、彼女はより深い意味を考えようとはしないはずだ
(フランク・ハーバート『デューン 砂の惑星1』矢野 徹訳)
人生は、人生ならざる何ものかと衝突しているのです。つまり、それは半ば人生なのですから、私たちはそれを人生と判断するのです。
(ヴァージニア・ウルフ『自分だけの部屋』4、川本静子訳)
ああ、ややこち、ややこち。
(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『苦痛志向』伊藤典夫訳)
人、それに人でなくてもなにかを憎むのは慎むことだ。自分が憎んでいるものと同じになるのはたやすい。
(キリル・ボンフィリオリ『チャーリー・モルデカイ2』22、三角和代訳)
なぜ、きょうのことを考えないんだい?
(ハリイ・ハリスン『人間がいっぱい』第二部・9、浅倉久志訳)
物事を知らずに済ませるのは難しくない。
(ケリー・リンク『マジック・フォー・ビギナーズ』柴田元幸訳)
「想像だけならいくらでもたくましくできるわ、ヴァン。問題はそれにとらわれない、ということ……で? 何を想像したの?」
(ピエール・プール『ジャングルの耳』蘭の束・7、岡村孝一訳)
本物であろうとなかろうと、名称をつけることは可能だ。
(P・D・ジェイムズ『罪なき血』第一部・5、青木久恵訳)
世の中には嘘っぱちではないけれど、はっきり真実と言えないこともあるのさ。
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』I・[3]・III、鈴木克昌訳)
物語を読む誰もがその終わり方について同じことを感じるわけではない。そしてもしあなたがはじめに戻ってもう一度読んだら、前に読んだ気でいたのと同じ物語ではないことを発見するかもしれない。物語は形を変える。
(ケリー・リンク『プリティー・モンスターズ』柴田元幸訳)
それが実際に父親の口から聞く最後の言葉ということがわかっていたなら、マルティンは何か優しい言葉を口にしただろうか?
人は他人に対してこんなにも残酷になりうるものだろうか?──とブルーノはいつも言うのだった──もし、いつか彼らが死ななければならない、そしてそのときには、彼らに言った言葉はどれも訂正しえないものだということがほんとうに分っているなら。
彼は父が後ろを向き、階段のほうに遠ざかっていくのを見た。そして、姿を消すまえにもう一度向きなおり、死後何年かしてマルティンが絶望の中で思いだす、あの視線を向けたのだった。
(サバト『英雄たちと墓』第I部・7、安藤哲行訳)
あらゆるものは、始まったところにもどるものなのよ。
(ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』2、深町真理子訳)
弱そうに見えることは、弱いことと同じだ。
(ニコラス・グリフィス『スロー・リバー』7、幹 遙子訳)
これまでにあなたの見たいちばん美しいものは、なんですか?
(ロジャー・ゼラズニイ『ドリームマスター』1、浅倉久志訳)
結局、記憶なんてのは、純然たる選択の問題なのよね
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)
過去を忘れなさい。忘れるために過去はあるのよ。
(デニス・ダンヴァーズ『エンド・オブ・デイズ』上・11、川副智子訳)
路上ですれ違う人々の誰もが二人を祝福してくれないのは何故なのだろうか? 足もとの舗道や、一面の白い空ですら二人を祝福してくれないのは何故なのだろうか?
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』II・[4]・II、鈴木克昌訳)
おれは変わった……「おれ」の意味が変わった。
(シオドア・スタージョン『コスミック・レイプ』23、鈴木 晶訳)
ダルグリッシュの視線が、すでに一度はとらえておきながら気がつかずにいた或るものの上にとどまったのはそれからだった。大机の上に載っている、黒い十字架と文字の印刷された通知書の一束である。その一枚を持って、彼は窓ぎわへと行った。明るい光でよく見れば、自分のまちがいがわかる、とでも言うように。しかし
(P・D・ジェイムズ『黒い塔』2・1、小泉喜美子訳)
誰かよりすぐれているということは、その人を幸福にはしません。
(マイクル・スワンウィック『ウォールデン・スリー』小川 隆訳)
ウィカム氏は、あらゆる婦人にふりかえって見られる幸福な男であったが、エリザベスはそういう男に傍にかけられた幸福な女であった。
(ジェーン・オースティン『高慢と偏見』16、富田 彬訳)
「わたしはこれまでに二十カ所の教区を受け持った。年に五千件の告白を四十年も聞いていれば、人間についてのすべてはわからなくても、すべての人間がわかってくるよ」
(R・A・ラファティ『一切衆生』浅倉久志訳)
"愛"とか"欲望"とか呼ぶものがどこから生まれるかは、だれにもわからない。
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』26、岡部宏之訳)
《故郷》がわたしたちの一部であるように、わたしたちは《故郷》の一部なんです。簡単に切り離すなんてできませんわ──
(ゼナ・ヘンダースン『血は異ならず』大洪水、宇佐川晶子訳)
これから成長するにつれ、この子はその細やかで豊かな感情のために、きっといろいろ苦労するに違いないわ。
(ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』第一部・16、御輿哲也訳)
ヌートがまだ生きているということに、クリフはもはやまったく疑いを抱いてはいなかった。「生きている」という言葉が何を意味しているとしても。
(ハリイ・ベイツ『主人への告別』6、中村 融訳)
人生というものは、簡単に言えば、途方もなく気楽なものである──少なくとも、あてがないことと孤独であることの問題を、このふたつを無視することによって解決してしまえば、しばらくは気楽このうえもない。
(ダグラス・アダムス『宇宙の果てのレストラン』30、風見 潤訳)
「あの女が幸せなはずはないわよ」わたしは断固としていった。
フィオナは首を振りながら反対意見をのべた。
「幸せなのよ。でも誰かと分かちあえるような幸せじゃないのよね。誰かと分けたら、その価値がなくなっちゃうのよ。わたしたちの幸せは、分けたら、もっと大きくなるのにねえ」
(ジョン・ブラナー『地獄の悪魔』村上実子訳)
欲しがっていたものが、もうどうでもいいと思いはじめたころに手に入るわけか。こんな経験はよくあることだから、そのために知的な人間がいつまでもくよくよするわけがないが、それでも心を乱す力は十分残っていた。
(P・D・ジェイムズ『不自然な死体』第一部・2、青木久恵訳)
長いつきあいだというのに、この時計とわたしはあまり親しい間柄ではない。私がこの時計に抱いている感情は、友情というよりは尊敬に近い。
(アンナ・カヴァン『われらの都市』IV、細美遙子訳)
しかも"彼"はかなり耳が遠くなっていて、とくに女性や子どもの高い、かぼそい声が聞こえにくい状態だ。"彼"が最後に小鳥のさえずりを聞いたのは千年前のことだし、雀はもうずいぶん長いこと、顧みられることもなく、地に落ちつづけている。
(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『肉』小野田和子訳)
クリスピンはじっと僕を見ていた。僕にはわかった。クリスピンも僕と同じで、魅せられていると同時に、脅えているのだ。
(エルナン・ララ・サベーラ『イグアナ狩り』柴田元幸訳)
だれでも最良のものを得られることはめったにないし、得ても長続きしないわ。次善のもので手を打ったら?
(フィリップ・ホセ・ファーマー『気まぐれな仮面』28、宇佐川晶子訳)
一枚の仮面の下にたくさんの顔が隠されているのか、それとも一つの顔がたくさんの仮面を被っているのか、彼にはどちらなのか判らなかったが、自分自身についてもそのどちらなのか判らないのだった。
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』I・[2]・II、鈴木克昌訳)
記憶とは奇妙なものだ。記憶は、ときどきわたしたちがそう信じたくなるほど鮮明にはなりえない。もしなれるなら、それは幻覚に似てくるだろう。ふたつの場面を同時に見る感じになるだろう。いちばん現実に近い心像がうかぶのは、夢のなかである。それ以外の場合、わたしたちの記憶像は多少ともぼやけている。
(ジョン・ヴァーリイ『スチール・ビーチ』下・第一部・06、浅倉久志訳)
しかし自我なくして眺めた世界をどうして記述しよう。
(ヴァジニア・ウルフ『波』鈴木幸夫訳)
ご存じのように、事実はじつに大きな力を持つことがある。われわれが望んでいないほどの力を。
(カート・ヴォネガット『国のない男』2、金原瑞人訳)
ユーモリストってのは、信じてることと信じていないことをごっちゃにするんで困る。効果をあげるためには、どっちでも使う。
(ジョン・アップダイク『走れウサギ』上、宮本陽吉訳)
わたしたちを大発見へと導くのは常に真実というわけではない
(サバト『英雄たちと墓』第III部・20、安藤哲行訳)
だれもかれもが有罪の世界で、なぜ罪の意識にさいなまれなければならない?
(ルーシャス・シェパード『ファーザー・オブ・ストーンズ』内田昌之訳)
答はない。
(アン・ビーティ『ハイスクール』道下匡子訳)
危機は人間を変える。隠れた性格をおもてへひきだしてくる。
(ウォード・ムーア『ロト』中村 融訳)
無名はひそかで豊かで自由だ、無名は精神の彷徨を妨げぬ。無名人には暗闇の恵みがふんだんに注がれる。
(ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』第二章、杉山洋子訳)
無名であれば羨望ゆえの焦り恨みとも心は無縁、
(ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』第二章、杉山洋子訳)
憎しみこそこの世でもっとも破壊的な力だと人は言うだろう。だが、そんなことを信じてはいかん。一番破壊的なのは愛さ。
(P・D・ジェイムズ『わが職業は死』第四部・1、青木久恵訳)
あたしができなかった事はたったひとつ、あった事をなかった事にすることだ。黙っていたことは絶対に取り戻せないんだ
(カミラ・レックバリ『氷姫』V、原邦史朗訳)
「約束だけなら、息をしないという約束だってできるわ」
(ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』荒野、深町真理子訳)
かれらが翔ばないのは、翔べないからだ。
(トマス・M・ディッシュ『歌の翼に』13、友枝康子訳)
(…)「人はみな堕ちるし、人はみなどこかに着地する。たぶん、そんなところなんだろう」
「おそろしく長い旅になるぞ」
「それほどでもないと思うよ。ひとすじの光になってしまえばね」
(R・C・ウィルスン『連環宇宙』第三十二章、茂木 健訳)
秘密は秘密を持てない。秘密であるだけだ。
(ケリー・リンク『マジック・フォー・ビギナーズ』柴田元幸訳)
誰かの立場に自分を置いてみるということは、いつでもすぐにそれをやめることができるなら、楽しいものなのである。
(コリン・ウィルソン『殺人の哲学』第一章、高儀 進訳)
世界のすべてのものは美しい。でも人間に美が認識できるのは、それをたまに見たときか、遠くから見たときだけだ……。
(ナボコフ『神々』沼野充義訳)
思い出の中の友達ほどよい友達はいないし、思い出の恋ほどすばらしいものもないわ
(アルジス・バドリス『アメリカ鉄仮面』第九章、仁賀克雄訳)
「ときどき思うんだよ、そうした小さな幸せは、まさしく小さなものであるからこそ存在しているのだと。誰にも気にとめられずに通り過ぎていく、あの名もない人々のように」
(サバト『英雄たちと墓』第II部・4、安藤哲行訳)
どんなものだって、きみが何かを手に入れるとすれば、それは誰かが手放したからなんだ。
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)
「嘘をいう必要があると思った場合には嘘をついてきました。そして、その必要がなかった場合にもね」
(ジーン・ウルフ『新しい太陽のウールス』40、岡部宏之訳)
だれもが嘘をつく。必要に応じてか、それとも必要以上にな。
(ジャック・ヴァンス『復讐の序章』9、浅倉久志訳)
「われわれは嘘をつける。それは意識のもつ利点だ」
「わたしなら利点だとはいわないぞ」
「そのおかげで、コミュニケーションにおいて無数の興味深い可能性がひらけるのだ」
(ジョン・スコルジー『老人と宇宙3 最後の星戦』9、内田昌之訳)
子供たちは言った、死とは生に意味を与えるものなの? で俺は言った、いや生こそ生に意味を与えるのだよ。
(ドナルド・バーセルミ『学校』柴田元幸訳)
道に迷ったのだろうか? そんなはずはない。自分を見失わない限り道に迷うことはない。
(カブレラ=インファンテ『亡き王子のためのハバーナ』昼夜入れ替えなしの興業、木村榮一訳)
きっと頭がおかしくなってるのね!
(チャールズ・ストロス『シンギュラリティ・スカイ』死者からの電報、金子 浩訳)
ぼくの発見したところでは、えてして取るに足らない事件のほうが観察をめぐらす機会も多く、原因と結果とにたいして鋭い分析もこころみることもでき、調査していて魅(み)力(りょく)を感じるのだ。大きな犯罪ほど、単純な様相になりがちだ。というのは、たいていの場合大きな犯罪ほど、動機が明瞭になってくるからだ。
(コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』花婿の正体、阿部知二訳)
でも人間、あんまり学問をつんだってろくなことはないよ。
(デイヴィス・グラック『合法的復讐』柿沼瑛子訳)
この世では、ぜったい謝らないほうが賢明である。ちゃんとした人間は人に謝罪など求めないし、悪質な人間はそれにつけこもうとするのだから。
(P・G・ウドハウス『上の部屋の男』小野寺 健訳)
単独活動する天才は、つねに狂人として無視される
(カート・ヴォネガット『青ひげ』24、浅倉久志訳)
何か違ったものを見ているのだ。
(スティーヴン・キング『やつらの出入口』高畠文夫訳)
「帝王(スルタン)は壮大な夢をお持ちだ」ルビンシュタインが言った。「だが、あらゆる夢はもしかしたら、さらに大きな夢の一部であるのかもわからん」
(ドナルド・モフィット『星々の教主』下・16、冬川 亘訳)
語ることは確かな治療法である
(フィリップ・クローデル『ブロデックの報告書』XXXII、高橋 啓訳)
あなたもまたひょっとして世界の寸法を測りにいらしたのですか?
(フィリップ・クローデル『ブロデックの報告書』XIII、高橋 啓訳)
子供にでも訊いてみるがいい。やっていい価値のあることだって、ずっとやっている価値はない。
(チャールズ・バクスター『Sudden Fiction』覚え書、小川高義訳)
もちろん、この荒廃には意味がある。
(ミシェル・トゥルニエ『メテオール(気象)』第十六章、榊原晃三・南條郁子訳)
我々はいつだって欲しくないものを注文するものなのだ、そんなことは自明の理ではないかとあなたは思うかもしれない。
(マリリン・クライスル『アーティチョーク』村上春樹訳)
かたわらにきた彼女が、まばゆい星明かりの中で身をかがめたとき、レイブンは見てとる──彼女のうなじと肩だけでなく、露出された肌のいたるところ、脇腹、太腿、上腕から肘にかけて、また肘から手首にかけて──いたるところに毛すじほどの傷痕の網模様が走っているのを。左右対称の人工的な傷痕、この光のいたずらがなければ見えなかったであろう傷痕。その瞬間に、まだ信じられない気持ちで、これほど残酷に彼女を痛めつけた事故がなんであるかをさとる。
もっとも強烈で、容赦ない、極度の打撃──
老齢。
(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『たったひとつの冴えたやりかた』第二話、浅倉久志訳)
私は、現実を暗示してはいるものの実はその現実をいっそう明確に否定するために点(つ)いているに過ぎないような暗い明かりの並木道を歩いた。
(ハインリヒ・ベル『X町での一夜』青木順三訳)
存在せぬ神々を崇拝するほうが、より純粋なのではありませんかな?
(イアン・ワトスン『バビロンの記憶』佐藤高子訳)
答えられないような質問で、自分も、まわりの人間も苦しめてはいけないね。
(スティーヴン・バクスター『虚空のリング』上・第二部・8、小木曽絢子訳)
想像で創りあげたものはすべて真実である。間違いなくそうなのです。詩は幾何学と同じように正確に事実を表わすものです。
(フロベールの書簡、一八五三年八月十四日付、ルイーズ・コレへの手紙、ジュリアン・バーンズの『フロベールの鸚鵡』14、斎藤昌三訳から)
ある問題を解決するための最大の助力者は、それが解決できるものだと知ることである
(トーマス・M・ディッシュ『虚構のエコー』5、中桐雅夫訳)
だが、いちど気がつくと、なぜ今まで見逃していたのか、ふしぎでならない。
(ドナルド・モフィット『第二創世記』第二部・7、小野田和子訳)
神々が味わいたいのは、動物の脂身と骨ではなく、人間の苦しみなのよ
(マーガレット・アトウッド『ペネロピアド』XVI、鴻巣友季子訳)
人生よりも本を好むという人がいるが、驚くにはあたらないと思う。本は人生を意味づけしてくれるものだからだ。
(ジュリアン・バーンズ『フロベールの鸚鵡』13、斎藤昌三訳)
彼女が相手から学ぶことはあっても、相手が彼女から学びとることは何もない。
(アーシュラ・K・ル=グィン『革命前夜』佐藤高子訳)
フロベールは、オメーの俗悪さを列挙する場合にも、全く同じ芸術的な詐術を使っている。内容そのものは下卑ていて不快なものであっても、その表現は芸術的に抑制が利き調和しているのだ。これこそ文体というものなのである。これこそ芸術なのだ。小説で本当に大事なことは、これを措いてほかにない。
(ナボコフ『ナボコフの文学講義』上・ギュスターヴ・フロベール、野島秀勝訳)
あらゆる精神分析医の例に洩れず、ランドルフも自分自身にしか関心がない。
(ゴア・ヴィダール『マイラ』37、永井 淳訳)
世界は悪く、人間はすべて愚かだ──だが、押しつぶされない人びともいる。それは語り伝える価値のあることではないだろうか?
(フレッド・セイバーヘイゲン『赤方偏移の仮面』宇宙の岩場(ストーン・プレイス)、岡部宏之訳)
叡智は必ずしも知識から生まれるものではないし、知識からはけっして生まれえぬ叡智もある。
(ジョン・クロウリー『エンジンサマー』大森 望訳)
ときに男たちは互いに殺しあうこともあるけれど、それも同じように愛を理由としている。
(ジャック・ケイディ『暗黒を前にして』黒丸 尚訳)
(…)今日という一日が、自分の人生をどれほど変えてしまったことか。
ラッセルはその半分もわかっていなかった。
(ジョー・ホールドマン『擬態』37、金子 司訳)
文章というものの一番大切な部分は、話し言葉の自然な口調なのだ、
(ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』第四章、杉山洋子訳)
文句を言わずに規則に従わなければならないのは、力のない者であり、影響力のない者である。
(フィリップ・ホセ・ファーマー『デイワールド』3、大西 憲訳)
まともな人間はみな、地獄をのぞいたことがあるのだ。
(ジェラルド・カーシュ『遠からぬところ』吉田誠一訳)
ヒントは少しでよいのだ。
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』II・[6]・III、鈴木克昌訳)
「YMCAのことよ。実を言うと、あそこはホモの溜(たま)り場。もう気がついてると思うけど」
(R・C・ウィルスン『時に架ける橋』第二部・8、伊達 奎訳)
絵葉書には『ぼくは今、数知れぬ愛の中を、たった一人で歩いている』と書いてあったが、これはジョニーが片時も離さずに持っているディラン・トマスの詩の一節だった。
(コルタサル『追い求める男』木村榮一訳)
ベルコの足どりには最前ハンマーを持ったときの昂(たか)ぶりが残っていた。
(マイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』上巻・13、黒原敏行訳)
眠りというのは、そこから目ざめるときにしか意識できない。
(ナディン・ゴーディマー『末期症状』柴田元幸訳)
ぼくは音声に豊かな霊力があることを信じます。イツパパロトル! ──黒曜石の胡(こ)蝶(ちょう)! イツパパロトル!
(D・H・ロレンス『翼ある蛇』上巻・3、宮西豊逸訳)
口にすると、そのものに現実性を与えることになる。
(ロバート・シルヴァーバーグ『ヴァレンタイン卿の城』上巻・第一部・13、佐藤高子訳)
これは私の潜在意識なんだろうか?
(スタニスワフ・レム『泰平ヨンの未来会議[改訳版]』深見 弾・大野典宏訳)
すっかり同じだけど、同じとは違う。
(チャールズ・シェフィールド『ニムロデ狩り』11、山高 昭訳)
われわれは同じものを見る、だがまるで違った目で見るのだよ
(ロバート・シルヴァーバーグ『〈教皇〉ヴァレンタイン』下巻・第三部・4、森下弓子訳)
「君の自転車はなんて名前なの?」
男の子は返事もせずに顔を伏せたが、やがてひどく早口で言った。
「ミニ」
「とてもきれいだね」モンドは言った。
(ル・クレジオ『モンド』豊崎光一・佐藤領時訳)
名前というものにはふしぎな力がある。なにかに名前をつけると、たとえそのなにかが目の前になくても、それについて考えることができるのだ。
(ジョン・クロウリー『ナイチンゲールは夜に歌う』浅倉久志訳)
エメリアにも再会した。ずっと美しいエメリア、そう、どんな思い出よりも美しく、けっして言葉だけの存在ではないエメリアはストーブのそばに腰かけていて、皿が割れる音にもかかわらず、僕が呼びかけているにもかかわらず、僕がその肩に手をかけているにもかかわらず、歌を口ずさみつづけた。それを聞いて僕は吐き気を催した。
(フィリップ・クローデル『ブロデックの報告書』XXXII、高橋 啓訳)
室内の空気まで、笑いを噛み殺している感じだった。
(オルダス・ハックスリー『ジョコンダの微笑』三、小野寺 健訳)
自然なものは憎悪だけといった世界では、恋はひとつの病なのだ。
(ホセ・エミリオ・パチェーコ『砂漠の戦い』11、安藤哲行訳)
受話器を取るまでに彼女は時間をかけた。電話の相手はたぶん医者だろうと彼女は見当をつけたが、まさにそのとおりだった。
いかにも職業的な快活さを耳にしても、それで快活になれるわけではない。
(テネシー・ウィリアムズ『天幕毛虫』村上春樹訳)
愛にしろ憎しみにしろ、彼は強い感銘を受けたことが一度もなかった。
(イタロ・ズヴェーヴォ『トリエステの謝肉祭』5、堤 康徳訳)
彼の本名を直接本人に尋ねた人は誰もいなかった。さすがに村長は一度くらいきいてみただろうが、返事はもらえなかったのだと思う。今となってはどうしようもない。もう遅すぎるし、おそらくそのほうがいいのだ。真実というものは、へたに手を出すと怪我をするし、生きてはいけないほどの深手を負うことだってある。誰しも望むところは、生きることなのだから。なるべく苦しまずに。それが人間だ。きっとあなただってわれわれと似たようなものだろう。
(フィリップ・クローデル『ブロデックの報告書』I、高橋 啓訳)
「みんなはぼくたちが恋仲だと思ってる」わたしはある日、散歩の途中でそういった。
すると、彼女は答えた。「そのとおりだもの」
「ぼくのいう意味がわかってるくせに」
「じゃ、恋とはどういうことだと、あなたは思ってるの?」
「よく知らない」
「いちばんいい部分は知ってるはずよ──」と彼女はいった。「こんなふうに歩きまわって、なにを見てもいい気分になること。もしあなたがそのほかの部分をとり逃がしたとしても、べつに気の毒には思わないわ」
(カート・ヴォネガット『青ひげ』20、浅倉久志訳)
「やれやれ」と、ロンドンへ帰る汽車に腰をおちつけたとき、水力技師はくやしそうな顔をしていった。「とんだけっこうな仕事でした。親指はなくするし、五十ギニーの報酬はふいになるし、いったいなんの得るところがあったでしょう」
「経験です」ホームズが笑いながらいった。「経験はそれとなく役にたつものですよ。きみはそれをことばにして話すだけで、これから一生のあいだ、すばらしい話し相手だという評判を得ることができます」
(コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』技師の親指、阿部知二訳)
わしらは、わしとおまえとは、ほんとに一つのものではなかったんだね──おたがいに相手の感じていることを理解するほどにはね。すべてがそこにあるんだよ、いいかい? 理解と──同情、それは貴重なものなんだ。(…)わしらは、恐ろしいことに、人生の外側ばかり歩いて来たのだということに気がついたんだよ。おたがいに何を考え、何を感じているかを話しあったこともなく、ほんとうに一つになることもできずにね。おそらく、あのちっぽけな男と細君との間には、隠し立てすることは何もなく、おたがいに相手の生活を生きているんだよ。
(ジョン・ゴールズワージー『陪審員』龍口直太郎訳)
「ものごとに終わりはなく、それを言うなら始まりもなく、ただ途中があるだけ」
(オーエン・コルファー『新銀河ヒッチハイク・ガイド』下・第12章、安原和見訳)
「まず基本を教える。小さなことからひとつずつな。ジャグルは、一連の目立たない小さな動作から成り立っている。それをたてつづけに、早くやるんだ。すると、切れ間のない流れのように、あるいは同時に起こっているように見える。同時になにかが起こるなどというのは錯覚だよ、きみ。ジャグルもそうだが、それ以外の場合でも同じことがいえる。物事は、すべてひとつずつ起こるのさ」
(ロバート・シルヴァーバーグ『ヴァレンタイン卿の城』上巻・第一部・6、佐藤高子訳)
そして誰かがナポレオン
(カミングズ『肖像』伊藤 整訳)
服のハンガーが戸棚のなかで、たがいに身を寄せあってうずくまっている怯えたけもののように、くっつきあってぶらさがっていた。
(ハーラン・エリスン『バジリスク』深町真理子訳)
選出作品
作品 - 20160801_684_8992p
- [優] 全行引用による自伝詩。 - 田中宏輔 (2016-08)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
全行引用による自伝詩。
田中宏輔