毛皮の一部のようだったけど、それの
裏にまだ柔らかい肉が分厚く付着していた。それが
上下の嘴に挟まれ、鴉に攫われていく光景を
僕は見ていて。
道ばたの草むらに残った僅かな
犬の遺骸が今は、空にある肉片と
俄に見えにくい、事のいきさつで繋がっているんだよね。
この、未来の光景をはっきり予感しながら
四日前の晩、ラム肉のカツレツをフォークで口に運ぶ高津さんを
見ていた。彼女は同じ皿の上にある
付け合わせのパセリまできちんと食べ終えて話を続ける
例の装置に着けるアダプターは高額すぎるから
決裁を待っても承認されないよ、きっと
購入してしまったからには仕方ないし、佐藤くんの考えも分かる
別の物品の割引分に本体価格を五分の一、上乗せしてその分を
減額して伝票を切って貰うようにN社の矢部さんに頼むしかない
それでも足りないようなら
と言って高津さんは手に持ったままのフォークの先を
くいっと上に向けたんだった
三叉の金属の構造体の先端は特に光りはしなかったと思う
外から雷が響いた(ぴりっとウインドーが共振した)
噛み砕かれたカツレツの感触と味覚の刺激が
僕の口の中に残っていたけど、それは
たぶん高津さんも同じだろう
捕食というものが、直接と間接との差から分岐して
さらにいくつかの分岐を繰り返し
野生とはまったく別の文脈で成立する過程が
何だか、官能的に思えてため息がでたっけ
僕がそれから一時間くらい後、いつもするように
裸の高津さんの乳首を吸っていて
佐藤くんちょっと痛いと甘い声で言われた、そのことも
同じものの文脈の違いなんだよな。たぶん
その時まだ犬は生きていて
僕は犬の種類も形も色も声も癖も知らないのに
草むらで腐ってばらばらになる彼の未来と
それを見る僕自身の未来を予感した
ねえ
ねえねえ
佐藤くん
佐藤くん佐藤くん
それ
それそれそれ
うん
うんううんううん
佐藤くん
佐藤くん
佐藤
くん
選出作品
作品 - 20160331_604_8723p
- [優] 流離譚 - Migikata (2016-03)
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流離譚
Migikata