深夜
交通量の少ない山道を
車で帰る
トンネルの手前で
カーラジオの電波がおかしくなって
崖側のガードレールの後ろに立つ
白い人影が見えた
あっ
て思ってそのまま通りすぎて
トンネルの中を逃げるように走っていると
だんだん背筋が寒くなってきて
あー嫌だなー嫌だなーって心臓がドキドキバクバクなって
身体中から冷たい汗がドワーっと吹き出してきて
バックミラーをちらりと見ると
後部座席に
びしょ濡れの女のひとが座っている
バッチリ目が合ってしまったので
無視するわけにもいかず
舌打ちしながら
雑巾のような勇気を振り絞り
「お客さん、どちらまで?」
と聞くとびしょ濡れの女のひとは
長い髪をかきあげて
「おまえタクシーちゃうやろ!!」
と怒って消えた
それを言うなら正しくは
タクシードライバーだとは思ったが
私は霊媒師ではないので
地縛霊の考えることはようわからん
でも
見えてまう
別に見たないけど
見えてまうねん
いつまでたっても
成仏できへん
びしょ濡れの女のひとが
タクシーじゃなかったら
いったい何を待ってんねやろ
私の車の後部座席が
いつもひんやり冷たく感じられるのは
おおよそそんな理由です
そうです
ちょうど今あなたが
右手で撫でているそのあたりです
(運転手はそう言って低く笑った)
ひんやりしているでしょう?
しっとり濡れているでしょう?
お客さんわかりますかそのシートの染みに込められた
びしょ濡れの女の
行き場のないかなしみが
毎晩のようにその道を通り
その度にびしょ濡れの女を後ろに乗せて
なんだか私は女に親近感すら抱くようになったのですよ
恋
と言ってもよかったかもしれません
いつだったか私が
今夜も濡れてるね
グショグショだね
って言うと女は
一瞬ギョッとした表情をしてそれから
少しはにかんだまま
「おまえタクシーちゃうやろ!」
ってもうそれが口癖なんですね
あなたはイエローキャブなんですか?
ってくだらない冗談で私は返して‥‥‥‥
(なにヤダこの運転手さん気持ち悪い‥‥‥)
わたしは身の危険を感じて口を開いた
「すみません、ここで止めてください、降ります!」
運転手は無言のまま振り向きもしない
タクシーはますますスピードを上げ深夜のカーブをタイヤをギュルギュル軋ませながら曲がって行った
「止めてください! 止めて! 今すぐ降ろして!」
キキーーーッッッッッ!!!!
突然の急ブレーキで車は止まった
わたしは助手席の背もたれに頭をぶつけた
恐怖とパニックで慌てふためき
ガチャガチャとドアを開けようとしたが
ロックされているのかなかなか開かない
ゆっくりと運転手がこちらを振り返った時
わたしは男が正気でないことを悟った‥‥‥
わたしはハッキリと見たのだった
黒い沼のように澱んだ男の瞳に
ポエム
と
書かれてあるのを‥‥‥‥‥‥
選出作品
作品 - 20150907_716_8297p
- [佳] バックミラー - イヤレス芳一 (2015-09)
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バックミラー
イヤレス芳一