一九九七年、夏、沈黙は破られ
電気ドリルでも浴びたような奥歯だったけれど
というのは弁護人である青年は当時まだ十代半ばであり
にしては老け込んだ表情を固めて
それをそのまま湿気た中空にはりつけたまま
蒼褪めた唇で次のように述べたと記録にはある
ええ、仰る通りでございますその者は立方体の隅で饐えておりました!それはもう永久に萎んで仕舞った夕顔のような状態でおそらく誰も、少しも知らない間合いでしょう。こっそり其処へ忍び込んだに相違ないのです。その際に自らを取り巻く物体が瞬く間に酵母のように膨らむという当時の現在についつい気づかずに!いえ或いはそんな事などは承知のうえというBパターンも中途から芽生えたある種の諦念という状態(4)又は図解Cもこの場合は自ずと、云わずもがな容易に推察および仮定が可能ではありますが、ぎゅっとぎゅっと詰まってゆくあの空間自体を‥(青年は僅かに間をもって)、あの者が刻々どのような心で捉えていたものかどうかということととと(吃音ぎみに)そそれにそれに嗚呼いったいどどどうして何故このような‥失礼(ふるえる指の爪を噛みちぎる)要するにですねこの動機のきっかけこれに関して僕はどうにも解りかねます!とくにか…と、兎に角であります 果たしてそれが死因となって‥ぃんとなったからして‥‥!あの‥御免なさいやっぱり僕にはこれ以上…これいじょうはどうしても‥‥
ついに青年は声を詰まらせ、それきり黙りこみ、しゃくりあげるばかりなので、その後ろの男の番がきて
仕方ないといった調子でざわつく周囲に右手を翳し
ミルクのついたままの口髭を、ぬぐい
マイクを、握って、しきりにスイッチを確かめ確かめながら
上下の唇をしっとりと舐めて‥(という一連のあいだ傍聴者たちは、それはもうウズウズという様子で)
うむ、この村は四方を山に囲まれているわけです
つまりこの時節、なかなか陰気なものでして、はい
予報によれば今夜には、うん、強く長い雨が降るという
降らないなら?ふむ、さてはこれこの場も途端に
夢のひとコマということですなあ!
(とここで、じれったそうにしてざわつく一同を、再び制してから)
雨降れば、わたしたちはまた膨らんでしまうでしょう
哀しいかなわたしたちの孤独とは、云わば子嚢菌に類するものなのです
周囲に黙ってただ無性に増大する!(強い眼差しと拳骨をふりおろして)
いいですかな皆々様方、ここは一刻もはやくに帰るべきでありますぞ!
そして家族のいる者は、何を置いてもまず食卓を囲み
バタとパンとあたたかいミルクでも飲むのがよろしい
またそれが叶わぬ独身者は我が家にどうぞお越しください
ええ、わたしもまた、孤独なのです
ふむ、正解を教えてくれないという結末、実にこれが結の論、そしてこの罪人‥でいいですね‥の唯一の尊厳なのであったと、我々は落着いたしましょう
(天井裏で様子を伺っていた少年が、
待ちかねたように鐘をうち鳴らす)
何かの虫が哀しげに鳴いて
暮れる陽は雲に隠れて見えなかったけれど
ぼんやりとした糸杉や、疲れた煉瓦だけ立体にしている
皆が、熱っぽい感想を口々にしながら広場へと溢れて背伸びしたり
頭をふりつつ散開しはじめる
誰かと誰かが肩を寄せ合い
誰かが誰かを安価な呑み屋へ誘って
道の両わきにはずらりと並ぶグラニット
その眼は虚空を見ていたとか、いないとか
そんなことは出鱈目であるとしても証拠がない
選出作品
作品 - 20150820_234_8260p
- [優] (無題) - 町田町太 (2015-08)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
(無題)
町田町太