選出作品

作品 - 20150401_056_7987p

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我らの蛾

  お化け

君たちにはわからないだろう。駐輪場の黄ばんだ蛍光灯に群がる薄汚い蛾は、今とは比べものにならないほど、昔は、一匹一匹が覚醒剤を打ったみたいに、ギラギラしていた。生命を持っていた。どんな時代もそれよりも前の時代の蛾の方が、ものすごく、よかった。思いを馳せれば、人間がいなかったころは、ずっとずっと、本当に、よかった。君たちは、生まれたときから、とんでもない世界に「ちょうど」産まれ落ちてしまったとわかっていて、黄ばんだ蛍光灯にぶつかる薄汚い蛾から目を逸らしたかもしれないが、僕は「ふざけるんじゃねぇ」って、さらに耳も塞いで、公園で空き缶を蹴っ飛ばした。僕も君たちと同じように「あの頃」があった。僕はあの頃、瞬き一つない水面を持って、星を捕まえることができた。魚一匹いない、純粋な、素直な、死んだ静けさの湖ほとりで、空から月が落ちてきて、地球が壊れはじめる瞬間を見てみたいと思った。目に映ったままのあまりにも綺麗なこと、あるがまま叫んで、死んでもいいと思った。残酷な子供のままでいさせてくれる人がいた。

今、存在しないはずの蛾が光にぶつかり続ける音が、無駄にただただ、聴こえる。僕も君たちも、希望の光を見て、騙されていると知っていながら、愚直にぶつかり続けて死ぬんだって、わかっている。少し賢いだけの蛾みたいに、毎日、人工的な光の下で「愛されたい」と、誰かがくるのを待っている。星を捕まるための水面に、インターネットを張り巡らせて、魚を探している。綺麗すぎる湖はなくなった。魚が跳ねる音が、あらゆる場所で聞こえる。僕の湖には、スパムメールが土砂降りのように落ちてきて、至る所で、まあるく波が広がる。アカウントと一体化してしまった僕は、自分自身をスパムとして報告することはできないほど、落ちぶれてしまった。波立ち絶えず歪む湖面に映る星と月を見て、これは本当のことなのかって、わからなくなった。生起し続けていることが信じられなくなった。酒を飲み、僕は夜、薄汚い蛾になって、遠くでカンカン鳴る踏切音のほうへ飛び出す。そのうち、早すぎる死に追い抜かれて、追いかけて引き離され、山を越えているうちに、あそこに行けば死ねるんだってことも、千切れた言霊になって、忘れられちまった。

(今日(のつもり(つもった(峰の雪(解けない稜線(のやまびこ(のつもり(つもった(峰の雪(解けない稜線(のやまびこ(のつもり(つ(もった(峰(の雪(解(けない稜線(の(やまびこ(の(つもり(つ(も(った(峰(の(雪(解(け(ない稜線(の(や(まびこ(の(つ(もり(つ(も(っ(た(峰(の(雪(解(け(な(い稜線(の(や(ま(びこ(の(つ(も(り(つ(も(っ(た(峰(の(雪(解(け(な(い(稜線(の(や(ま(び(こ(の(つ(も(り(つ(も(っ(た(峰(の(雪(解(け(な(い(稜(線(の(や(ま(び(こ(の(つ(も(り(今日の詩(のつもり(つもった(峰の雪(解けない稜線(のやまびこ(つもり(夢)つもり)やまびこの)溶けた稜線)ふもとの雪)消えた)つもりの)昨日明日の詩)の)つ)も)り)や)ま)び)こ)の)溶)け)た)稜)線)の)ふも)と)の)雪)消)え)た)の)つ)も)り)や)ま)び)こ)の)溶け)た)稜)線)の)ふも)と)の)雪)消)え)た)の)つ)も)り)やま)び)こ)の)溶けた)稜)線)の)ふも)と)の)雪)消)え)た)のつ)も)り)やまび)こ)の)溶けた稜)線)の)ふもと)の)雪)消)え)た)のつも)り)やまびこ)の)溶けた稜線)の)ふもとの)雪)消え)た)のつもり)やまびこの)溶けた稜線)ふもとの雪)消えた)つもりの)昨日明日)