選出作品

作品 - 20150113_599_7848p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


人の行い

  hahen

“悲しい”を仮名に開く。
<〈かな〉しい>
仮名に開いても〈かな〉しい、
〈仮名〉しいにはならないで、
退行したら、
浮かばなくなった
決定されない「仮名」のまま
少しずつこの星は傾いていく。
自転軸を示す、一本の鋼の心棒が
こちらに突き立つまで。

いくつもの人を、
殺してきた。
わたしたちは、とても小さく、
この地上から飛び出すことは
できない。
<地上>
の、
上には、記述がある。
摂取できない存在の
面影が映写されて、
今日も、わたしたちは
あなたたちを殺す。
どうして〈ちじょう〉は
踏みしめられた
“大地”を、
示さなくてはいけないの。
<地下>は? どうして?
示されなかった“全て”を
〔全てを/総てを/凡てを〕すべて
〈うしな〉ったら、きっとわたしたちも
殺されるね。

あなたたちの温かみを、
その生ぐささを
染み込ませていくことで
血流に溺れる
佇立しているそこ、が
〈ちじょう〉だよ
“大地”を捨てて、

喪われた
その声を記しておきたかった
声は、“声”でなくなる
そのことを
わたしたちは創造と
呼んで、いなかった?
“声”は
殺されているよ、いつも。
決して、決して
飛び出せない。
わたしたちに声を手にする
資格はありますか。
〈請〉を。違うよ、
〈声〉を。

テクストは、いつも数を定めて、つくられていてほしい。

『散/「」−文』は、そう、〈できるだけ〉静かに。錯綜してはいけない。錯覚はいつも、間違いの先から渡ってくる。錯角を注視されないように、入り組んで交わったその点を見せる時は、色鉛筆で印象を描く。そうだった。出来るだけ静かに。いできたる静けさを、直截、綴ってはいけない。そうだった。星空から雨が降っている。傘は差さなくていいみたい。今夜降ってくるのは文字だって、天気予報で言っていた。

 ぼくたちは立っている。退屈がうずくまれば、あやすように歩き回った。足音は、現在までに過ぎたる人生よりもたくさんの砂粒に、飲まれ、その柔らかな踏みごたえに満たされたら、退屈は、ぼくたちの中から吹き消されていく。
 気付いているだろうか。
 ぼくたちが喪った、退屈を始めとした情感はすべて、“大地”に吸収されていくこと。何もかも循環していること。ほら、きみ、誰だか知らないが、きみの退屈や憐れみがぼくの身体を流れる。ぼくたちはしょっちゅう、他人の有機的な信号に感電しているんだ。
 〈き〉が、ついて、いるだろうか。
 そこいらに落ちている〈始め〉は拾わない方がいいと思う。「始」まれば、ぼくたちは掬われて連れて行かれる。そうして産声を、生きるために、摘出される。けれど“すくわれ”ない。あなたたちも「始」まらなければよかったのだけれど。でも、ぼくたちは、“あなた”に今感電して、“あなた”は〈ぼくたち〉へと――うばわれて、そう、奪取されて、ここにそれぞれ、立っている。
 それはもうすぐ終わるかもしれないけれど、現在、確かなことだった。
 星が流れて、文字が、追いかけていく。いつになっても天の窓は開かれているものだった。不定期につい、と走る火球は<地上>を知らない。だからこそ、そのいとおしい財産を分かち合うことができている。傘は、やはり不要だった。そのかわり双眼鏡は持ってくるべきだったかもしれない。降り注ぎ燃え尽きる文字群は、〔宛名〕の〈な〉い“葬送”曲、仮名で呼ばれることに、とても不満だろうから。
 この〈ちじょう〉は寝返りを打つようにしてたまに傾く。そういう時、流「字」群の織り成りは波打ち、火球は隕石と〈名〉って、ただ立ち尽くすぼくたちを、目がけて、墜落してくる。いくつもの文脈がぼくたちを蝕んでいくのだった。食い破られ、引きちぎられたぼくたちは、今になってようやく血を流した。夥しい人影が集結してその中を、泳ぐように遷移しながら、社会を営む。
 おはよう。おはよう。はじめまして。
 この血の海で、〈ぼく/たち〉は、その界面で、佇−立する。

 あなたは、ぼくだ。ぼくたちは、あなたたちだ。
 それはこの血液が循環している限り、そう、あるだろう。
 地上でもっとも、縁の遠い、相関図の原初だ。

『散文』は終わる。

書き忘れてしまった一語があった。
航行制御プログラムに従い、
航空機は“地上”へと落ちるだろう。
それは星でも、文字でもない。ましてやテクストでもないし、
銀河鉄道みたいな、抒情あふれるメタファでもない。
たった一つ、落下したり、堕落したり、欠落だらけの
ぼくたちの中で、たった一つ、
飛び出していけるはずの〈声〉をぼくたち、自身が、
取り落としたんだ。

“惑星”は、<方 向/く>。ぼくたちへ。そう自らの内側へ。
〔〈ぼく〉たち〕は殺されるだろう。〔“あなた”たち〕に。
あなたたちは殺されるだろう。ぼくたちに。
ぼくたちは“ぼくたち”をもう一度、
殺して、
新しい、生命の息吹が、まだ幻影である内に、
かなしみを飛び越えて
行かなければいけない。「ぼく」は、それを創造、と、呼んでいなかったか?
創造、なにもかもが喪われた。
追い求めるもの、冀うもの、あらゆるものを
ぼくは<そう−ぞう>しないといけない。
鋼の心棒が、その先端が〈ぼくたち〉を貫く。
声を上げてはいけない。それは創造されなければいけない。