選出作品

作品 - 20150112_557_7842p

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ゴキブリと呼ぶな

  島中 充

ごきぶりはニスを塗ったようにつややかにひかり、別名あぶら虫と呼ばれ、
火をつければよく燃える。

部屋の隅で黄ばんだレースのカーテンの襞に、ひっそりと産むものがあった。
真夜中、昏い教科書を閉じて、少年はそれをじっと見つめていた。一匹のゴ
キブリが、濡れたオブラートのような粘液を排泄しながら、卵を産み付けて
いるのである。うっすらと横に筋が入り、アズキを押しつぶしたような形の
卵。母虫がうみ終えて、ヨタヨタとカーテンからタンスの下へもぐって行く
のを見届けてから、少年はまだ粘り気のある卵を鉛筆で小皿の上にはがし
取った。蛍光灯のスタンドに照らして尖った鉛筆でつつきながら、ひっくり
返し観察した。その行為の中になにか忌み嫌うものを少年は感じていた。母
親に見つからないようにする手淫のような、やましい気がするのだ。
以前ラジオで聞いた話を、少年は思い出した。酒に酔った男が這い出てきた
ゴキブリにマッチで火をつけた。ゴキブリは羽を広げ、めらめらと燃えなが
ら舞い上がり、天井裏に逃げ込み、火事になったというのだ。この卵に数十
の赤子がいようと、ゴキブリだ、やましい証拠は消し去らなければならない。
マッチを引き出しから取り出し、燃やしにかかった。火を近づけると、卵は
小さな青い炎を上げポンと弾けて破裂した。部屋の中に髪の毛の焼けるよう
な匂いが漂った。

その夜、浅い眠りの中で少年はかさかさという音に目覚めた。まだ薄暗い中、
目を凝らすと一匹のゴキブリが、ごみ入れの中のノートを、ちぎって丸めた
紙を食べているのだ。それは前夜、手淫の精液を拭い取ったノートの切れ端
であった。食っているのはあのゴキブリに違いない。

その時、はじめて少年は自分がクラスで、ゴキブリと呼ばれ、なぜいじめら
れるのかを理解したような気がした。少年は平たく押しつぶされて扁平な体
になり、はいつくばって流しや引き出しの隙間で残飯や糞をくらい、自分は
生きていくしかない。それでいいのだと納得しようとして、いつかみんなを
焼き殺してやると思った。