「実家の部屋」
Sさんは実家を出て一人暮らしをしている。
彼はオタクで、実家で使っていた部屋には、いまも雑誌やビデオのコレクションを大量に置いてある。
ある日、実家から「すぐに帰ってきてくれ」と電話があった。
実家に戻ると、とにかく部屋に行けという。
理由も分からずに自分の部屋に連れて行かれた。
「あけてくれ」
両親に言われるままにふすまを開けようとしたが、なぜか開かない。
むりやり開けようと力を入れると、わずかに開いたすき間に老人の顔が見えた。
むこう側から、知らない老人が凄い形相でふすまを押さえている。
三人がかりで強引に開けて、突入した。
その瞬間、部屋の床が抜けて、家の二階が崩れた。
「セーラームーンにもらった」
四、五歳のころの話。
自分は覚えていないが、家族から聞いた話。
キャンプに行ったとき、急に自分の姿が見えなくなった。
日暮れが近くなり、みんなで必死に探していると、自分が突然、森の奥から走って現われた。
それを見て母親は悲鳴を上げた。
娘が満面の笑みで、何か動物の内臓のようなものを両手いっぱいに抱えていたからだ。
どうしたのかと聞くと、「セーラームーンにもらった」と答えたという。
どうやら自分には、その内臓がアクセサリーや宝石に見えていたようだ。
家族にそれを取られると思って必死に抵抗したらしいが、それも記憶にはない。
「おんぶ」
Nさんはおばあちゃん子だった。
入社式直前におばあちゃんが亡くなり、楽しみにしていた晴れ姿を見せられなかった。
入社式の日、社員のTさんが彼を見て「君!」と慌てた。
なんですかと言うと、急にしどろもどろになって「あ、いや、すまん。なんでもない」と言った。
それから数年後。
Tさんが他の支店に移動することになり、部署内で送別会があった。
その席でのこと。
「実は、君には話そうと思って、ずっと話せなかったことがあるんだ」
Tさんは声をひそめて言った。
「君が入社式の日、背中におばあさんを背負ってきたように見えて、本当にびっくりしたよ。あれ、いったいなんだったんだろうな」
「あんまの話」
私、人には言う必要もないので、あまり言わないんですが、全盲ではないんです。
だから、見えてたんです。そのお宅の息子さんに、尻尾が生えてるの。
ちょろんとした、指の長さくらいの。
「鳥かごの話」
シャッター通りの鳥かごが、たまにガタガタと揺れる。
ひと筋となりの商店街で惣菜を売っているが、たまに客から「昔、あそこにはオウムがいて、それを懐かしんでいるように思えるねえ」と言われる。
テンプラ屋さんが飼っていたものだが、その鳥かごはもう、ずっと昔にない。
「前かけ」
酒に酔った若者の集団。
そのうちの一人が、地蔵の赤い前かけをふざけて取り、自分の首にかけた。
別の若者が注意してすぐに元に戻したが、その後、ふざけた若者の鼻から血が止まらなくなった。ティッシュで押さえても止まらない。
ようやく止まったころには、彼のTシャツの襟元は、血で真っ赤になっていた。
まるで地蔵のまえかけのような形だった。
「よりこさんいますか」
男の声で「よりこさんいますか」と電話がかかってくる。
最初は「間違いですよ」と丁寧に断っていたが、あまりにも頻繁にかかってくるので、
ある時、
「よりこって誰だよ!」
と怒鳴ってしまった。
すると、受話器のむこうで、
「よ、よりこは私ですが……」
と、弱々しい女性の声がした。
怖くなって何も言わずに受話器を置いた。
「青い蛾」
Tさんは幼稚園のころ、大きな青いガを見た。
手のひら二つ分はある巨大なガ。
この話をするとみんな「夢でも見たんじゃないの?」と言うが、その時のスケッチブックが今も残っている。
ある時、用事で実家に戻った時、押入れから当時のものをしまいこんだダンボールが出てきた。
そこには確かにスケッチブックがあり、青いガの絵も確かにあった。
が、そこには記憶にないものもあった。
おそらく幼稚園の先生が書いたと思われる、赤い文字の文章。
内容を要約すると、どうやら自分は友達の首を絞めて殺しかけたらしい。そのことを注意する母親向けの厳しい内容だった。
Tさんが幼稚園で首を絞める遊びを提案して、広めたのだという。
「無音」
映像関係の会社で働いている。
ある場所でビデオ撮影をしたときのこと。
後日、編集しようとビデオを見ていたら、ところどころプツプツと音が途切れている。
「どうすんだよ。これじゃあ使えないよ」
音声トラックを確認すると、その場所で撮影した部分にだけ、よくわからない無音部分がある。
首を捻っていると、同僚が、その無音部分に規則性があるのでは、と言い出した。
「これ、モールス信号じゃないですか?」
半信半疑で解読できるか試してみると、それは確かにモールス信号だった。
「まだいきている」
「ここにいる」
「たすけてくれ」
そういったことが、何度も繰り返されていた。
選出作品
作品 - 20140301_869_7332p
- [佳] 取材メモ 2013 - むじな (2014-03)
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取材メモ 2013
むじな