プリンス・ロジャーズ・ネルソンは逆算して今年55歳になる。始まりより終わりが気になる。僕は
今年36歳になる。そして、プリンスと僕のだいたい中間にいるのが田島貴男だ。そのような並べ方
をされるのは、みな不本意だろうと思う。僕だってそうだ。しかしプリンスも田島も、もしかする
と僕も、その不本意さの理由を知らないだろう。解き明かすための何かの端緒を得ることさえない
だろう。だから、このままにしておくのもひとつの作法であると考えることにする。拝啓 書く前
から、書き終える時の気持ちやあなたやあなたの面持ちを想像しています。
ひょんなことから、台所のテレビでyoutubeを見られるようになった。そこで僕は早速プリンスの
動画を探してみた。最初に見たのは2013年に行われたMTV AWARDスペシャルライブの模様だった。
ごく最近のプリンスということだ。彼は女性ばかり(皆、彼にとっては娘のような年齢の。らしい
といえばらしい気もする)のバンドを率い、1984年の大ヒットアルバム「PURPLE RAIN」のオープ
ニング・ナンバー「LET'S GO CRAZY」を演奏していた。僕がこの曲を初めて聴いたのさえ、既に20
年以上前のことだ。だから彼も僕も相応に年をとっている。プリンスの顔には小じわが増えたし、
多分スプリット・ダンスはもうやらないんだろう。僕はコカコーラ350ml缶のカロリー量をほぼ正
確に記憶し、翌日には、数字は玉突き式に忘れ去られる。そうそう、プリンスはネットの発達に
よって侵害され続けるアーティストの権利について、ひどく憂慮しているらしい。89年頃は、偶
然か奇跡でもない限り、動くメディアでプリンスを見ることはできなかった。そして今、僕もネ
ットで彼の動く姿を渉猟している。手数料の支払いは、誰だって免れたいし、傍らで娘は早くも
ライブに飽きはじめている。
ビヨンセの髪は真っ直ぐのブロンドだったり、同じブロンドでもウェーブしていたり、茶色がか
った黒であったりする。僕はそれを地毛だと思っていたのだが(ヘアスタイリングにだって無尽
蔵にお金をかけられるだろうし。しかも彼女の夫はJAY-Zだ)、黒人という人たちの地毛は、ど
うやらほぼ例外なく、性別を問わず縮れ毛で、どんなに手を尽くしても真っ直ぐにすることはで
きないらしい。なので、彼女の髪の毛はウィッグなのだ。テレビモニターの中で「BOOTILICIOUS」
を熱唱するビヨンセはブロンド。少しウェーブした黒くて長い髪にドライヤーをあてながら妻は
そう話し、僕はそれなりに驚いた。作り物の割には、余りに精巧に見えたからだ。すごい執念だ
よね。ブーン。なるほど。ということはプリンスも、彼は黒人とそれ以外の人種の血が複雑に混
じりあった人らしいけど、さっき見たライブの時のが、地毛に近いのかもしれない。ギターソロ
を弾く彼の髪は、パルプ・フィクションのジュールスのように見えた。カーリーヘアってやつだ。
89年頃は、日本人のように黒くて真っ直ぐだった。あれもウィッグだったのだろうか?ジュール
スのそれはウィッグだったことが映画の後日談で明かされている。
結語として相応しい言葉はなんだったかと考えてみる。「敬具」でいいはずなのは分かっている。
少なくとも「手数料」ではないだろう。しかしその誰に教わったでもない常識を、なんとなく疑
って確認してみたくなる。書く前には何が生まれるのかよく見えなかった。今書き終えようかな
というタイミングに至ってもなお、何が生まれているのか(あるいはまだ何も生まれていないの
か)よく見えない。「きゃりー」だけで検索してみる。もうじき6歳になる娘にせがまれたから
だ。彼女のどこが好き?全部。なるほど。僕にもプリンスみたいになりたいと思っていた時期が
あった。しかし実際にカーリーヘアにしたのは4歳年上の兄の方だったし、娘の髪質と髪の生え
方は、妻のそれにとてもよく似ていて、やがてTLCのチリみたいなウェーブヘアにするのかもし
れない。僕はもうずっと長いこと髪型を変えていないから、デビューした頃の田島(渋谷系、な
んて呼ばれ方を彼は不本意に感じていたらしい)のように、ポマードでキめるのもいいかもしれ
ない。もちろん不本意だ。敬具 あなたにも句読点を付けず、その浮遊感のまま、少しも高揚感
がない。もちろんきゃりー(手数料)の話じゃなくて、実際には、しかし、僕はもうしばらくこ
のままでいるだろう。日本人のように黒くて真っ直ぐの髪のまま、きっとこれにもそれにも適当
な理由はある。
選出作品
作品 - 20131231_739_7218p
- [優] Where it's (not) at - 宮下倉庫 (2013-12)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
Where it's (not) at
宮下倉庫