選出作品

作品 - 20131221_551_7196p

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親愛なる、山田太郎さんへ

  森田拓也

仕事帰りに公園でコーヒーを飲みながら休憩していると
公園の片隅でスケボーを練習している
おっさんがいた。

子供を連れている母親達は
おっさんを奇異の表情で見ていたが
おっさんは、ぜんぜん気にする素振りを見せない。

おっさんは、スケボーで高さ3センチ程の石のブロックを
飛び越えようとするが、何度も失敗し、尻餅をついている。

尻餅をつきながら、
おっさんは、照れた表情を浮かべ、頭を掻いている。

おれは、おっさんに声をかけた。

「おい、おっさん。

 スケボーで対象物に入る角度が甘いから
 この程度の高さの石のブロックが飛び越えられねえんだよ。

 スケボーを貸してみろ。
 おれが見本を見せてやるから。」

おれは、おっさんから、スケボーを取り上げ、
軽く助走を付け、対象物の石のブロックの手前でジャンプ、

ジャンプの最高到達点で、おっさんを人差し指で指差し、
自分をさりげなくアピール、

着地。

おっさんが、溢れ出るような感動の表情で、
おれを見ながら、叫ぶ。

「わ、若造!

 おまえ、やるじゃねえか!

 い、今の、凄い技は、なんて言うんだ?」

おれは、右手の煙草に火を点けながら答える。

「今のスケボーの技は、
 おれが、20代の時に発明した技さ。

 このスケボーの技の名前は、

 “世界中の、お父さん、お母さん、息子さん、娘さん、おじいちゃん、おばあちゃん
  
  みなさん、ぼくは、この日本という国で、とても幸福な人生を送っています。”

 だ。

 世界中の、スケートボーダーたちは、おれの、この技の名前を略して

 “日本”って呼んでる。」

おっさんは、おれの言葉を、ひとつひとつ大切にメモりながら、

「おい、若造よ。

 おまえに、相談がある。

 もし、良ければ、おれにスケボーを教えてくれないか?

 もちろん金は払う。

 だから、頼む、おれにスケボーを教えてくれ!」

おれは、おっさんの情熱に心を打たれ、

「金なんて、いらねえよ。

 おれは、毎日、夕方5時に仕事が終わるから、
 この公園で待っててくれたら、おれが、おっさんに
 スケボーの基礎を教えてやるよ。

 ところで、おっさんの名前は?」

おっさんは、歓喜の表情を浮かべながら、

「おれは、山田太郎だ。」

「そうか、山田太郎さんか。

 いい名前じゃないか。

 なんて言うか、生まれたての赤ちゃんでも、
 確実に発音できそうな。

 たぶん、山田太郎という名前の由来は、

 《今だ人類に発見されていない、未知の“山”の中に、常人の目では、決っして、
  
  見ることができない“田”んぼが存在していて、そこで、地球人ではない、

  異星人らしき“太郎”さんという人が、何か、得たいの知れない未知の作物を

  植えておられる》

っていうのが、たぶん、山田太郎という名前の由来じゃないかな。

ところで、太郎さんは、食べ物では何が好きだ?」

「おれは、サバ缶が好きだ。

 ちゃんと、箱買いしてある。

 もし、近未来、核戦争が起きても、生き延びられるように」

 *

その日以来、太郎さんと、おれとの、
スケボーを通しての熱い友情がスタートした。

太郎さんの、スケボーのセンスは、抜群で
おれの少しの指導で、太郎さんのスケボーの腕は上達した。

おれは、太郎さんにスケボーの基礎を一通り教えた。

そんなある日、おれは、太郎さんに言った。

「太郎さん、

 おれは、今日で、この星を去る。

 おれは、この星を離れ、自分の故郷の星に
 帰らないといけない。

 だから、太郎さんに、スケボーを教えてやるのは
 今日で最後だ。

 すまない。」

「そ、そうか。

 実は、おれも、薄々
 気付いてたんだ。

 おまえが、この星の人間ではないということを。」

「た、太郎さん・・・。」

おれは、胸に込み上げて来る
熱い何かを感じながら
太郎さんに、言った。

「よし、太郎さん。

 今日こそ、高さ3センチの
 石のブロックをスケボーで飛び越えてもらうぞ。

 おれとの、練習の成果を見せてくれ。」

「よ、よし!

 今日こそ、必ず飛び越えてやる!

 おまえに、地球人の恐ろしさを見せてやる!」

 *

太郎さんは、今は亡き、島倉千代子の顔面が、一流の匠の手によって、
華麗にペイントされた、通販で、シルバーお値打ち価格で購入した
マイ・スケボーに飛び乗り、やや長めの助走を付け、
そこから一気に、対象物である、高さ3センチの石のブロックに
突進した。

対象物の手前、50センチの地点で、
太郎さんは、ジャンプしようとするも、踏み込み方が甘く、失敗し、
スケボーごと、ふっ飛んだ太郎さんは、

純粋な子供達が夢のような幸福な時間を過ごす場所である公園の横に、
何故か、存在してしまっていた、昨日、組員が、引っ越を終えたばかりの、
指定暴力団、山口組系の、ヤクザ事務所の入り口に、突っ込んでしまった。

一時間後、地獄から生還した、太郎さんの頭部には、
刃渡り1メートル半の日本刀が、突き刺さり、
そして、おそらく、おれの推測だが、ヤクザに落とし前を付けられたのであろう、
太郎さんの、右手の小指が、根元から消滅していた。

頭部から、ぴゅーぴゅーと、鮮血を噴出させながら、
太郎さんは、おれに言った。

「ま、待たして、すまん。

 今日こそ、あの高さ3センチの石のブロックをスケボーで飛び越えないと
 おまえが、故郷の星に安心して、帰れないからな。」

「た、太郎さん・・・」

「よし、次は、おまえの発明したスケボーの必殺技、

 “世界中の、お父さん、お母さん、息子さん、娘さん、おじいちゃん、おばあちゃん、

  みなさん、ぼくは、この日本という国で、とても幸福な人生を送っています。”

  略して、“日本”を決めてやるぜ!」

 *

先程の、惨劇により、太郎さんのスケボーからは、前輪が2個とも消滅し、
もはや、スケボーではなく、単なる、板と化した物体に、太郎さんは、
勢いよく飛び乗り、対象物である、高さ3センチの石のブロックを飛び越えるために
太郎さんは、全力で、地面を蹴った。

太郎さんの前輪が2個とも消滅した、かつては、スケボーであったのであろう板は、
公園の地面の土を抉るように、まるで、ヤンマーのトラクターのように、
飛び越える対象物に向かって突進した。

 山田太郎!/地面を蹴る!

  太郎!/蹴る!

   太郎!/蹴る!

    太郎!/蹴る!

飛び越える対象物の手前、50センチの地点で、
太郎さんは、板ごと、大きく、ジャンプした。

その瞬間、おれは目を見開いた。

「や、やったー!

 た、太郎さん!

 ついに、高さ3センチの石のブロックを
 飛び越えられたじゃないか!

 で、でも、太郎さん?

 ちょ、ちょっと、飛び過ぎじゃね?」

太郎さんのジャンプは、上昇に上昇を重ね、
おれに笑顔で、ピースサインをする、太郎さんの姿は
やがて、空の彼方へと消えた。

 *

山田太郎さんが、

 /人から、

  /鳥になれた日。