水槽でメダカを飼い始めたのが今年の5月
10匹いたうちの7匹はすでに死んでしまった
ペットの飼育に詳しい同僚の早川君に
7匹のメダカの死因をたずねたら
きっと子供をたくさん産んで力尽きたのだろうと言った
会社では毒舌で通っている彼だが
本当のところは根が優しく他人思いだということは皆が知っている
ぼくはきっと水槽の水の換え方を間違ったのだ
ぼくの方が彼よりも2歳年上だが
今年の9月に早川君はぼくよりも先に次長に昇進したのだ
先に偉くなる人間と取り残されていく人間
目的意識が高く責任感の強い人間が先に社会的地位のある場所へ行く
そこに何も不公平はない
あるのは個性という名の不平等とめぐり合せの運不運なのだ
ところでその早川君が11月から会社に出てこない
蒸発してしまったのだ
社内では派遣の若い女の子との不倫が原因だと噂されているが
彼ほど家庭を大事にする男はいない
実はぼくが早川君を殺したのだ
だが殺したことはまだバレていないので社会的には早川君は蒸発したことになっているのだ
10月31日にぼくは早川君を殺した
その日二人は今出川から鴨川の土手沿いをほろ酔い気分で歩いていた
どちらからともなく飯に誘ったのだ
アルコールが入っていたことは間違いない
ぼくが早川君の出世を妬んでいたこともある
人を殺す動機としては軽すぎるのではないかと疑う向きもある
しかし伏見にあるぼくの単身者用賃貸マンションに着いた時
早川君はぼくの飼っているメダカの水槽を見たがったのだ
水槽は寝室の出窓に三本設置してある
水量60リットルが2本と45リットルのものが1本
早川君がそのうちの一本の水槽を覗き込んだときぼくは彼の頭を水槽の中に押し込んだ
ぼくは早川君の頭を押し込みながら
テメェーが8匹目だ!
と叫んでいた
ブクブクと泡が立った
白点病に犯されたメダカが苦しみに歪んだ早川君の口の中へ次々と入っていく
選出作品
作品 - 20131107_898_7122p
- [佳] 飼育法 - 織田和彦 (2013-11)
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飼育法
織田和彦