死というものを体験しない限り
本当のことなんてなんにも判りやしないと思う
いっぺん死んでみないことには
生きていることの本質なんて
誰にもわかりやしないのだ
いつしかぼくの頭の中を占拠し
離れなくなってしまった想念だ
だから毎日死ぬことばかり考えている
死ぬといってもあなた
本当に心臓が止まっちまったら
こっちに戻ってこれない
戻ってこれなくなっちまったら
生きる意味だとか?
本質だとか?
儲け話だとか
スケベでエッチな話も
ヘチマもへったくれもない
心臓を正常に作動させながらも
ちゃんと死ぬわけだ
いいかい?
心臓だけはちゃんと動かしな
それから
その他の生きるための活動を全部止めちまいな
全部はちょっと辛いな
一部だけでもいい
そうだな
例えば
血と汗と涙の結晶である
あのバカ安月給をだな
会社から受け取ることを断固拒否する
月末に振込まれるはずの給料が
りそなの口座に振り込まれない
死ぬということの意味は
たとえばそういうことだ
その意味について
少しでも触れることができたなら
あなたもぼくも
もう少し生きることについて深く感じることができるはずだ
生と死の間に横たわる
絶対的な服従と断絶と不条理と禍々しさを
生きていれば
ぼくももあなたも
あの少しばかりの
バカ安月給でもさ
美味しいものを食べに
女の子をデー卜に誘って
夜景の綺麗なホテルで
ロマンティックに過ごしていたかもしれない
死とは
そういったことの全てをなかったことにする
いいかい?
死を経験するんだ
心臓をちゃんと動かしながら
生に対する羨望の眼差しを持て!
同時にそこに蔓延るまやかしや悍ましさもちゃんと
その目と耳と心に刻むんだ
死というものを体験するたびに
生きるということがどうあるべきなのか学べるはずだ
手初めにあたなが今夜死んだと仮定するとき
生きていれば手にできたはずの
何か一つでも返上することだ
死はあなたから
あなたのものであった筈の命を切り離し
容赦なく多くのものを奪っていく
例えば今夜でいえば
あなたの愛するあの女性からの告白きっぱり断ることだ
生きていれば知り得たかもしれない地上でただ一つの愛を
あなたはあなたの死によって粉々に砕け!
あなたはあなたの愛によって粉塵となった死を暴け!
選出作品
作品 - 20130827_827_6997p
- [佳] 愛と死 - 織田和彦 (2013-08)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
愛と死
織田和彦