選出作品

作品 - 20121221_478_6564p

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多島海

  rock

縫帆工はうみにでることを禁じられていたのに輪洞窟の夕陽にさそわれて一艘の船で妻と共に旅をする 月蝕の日 長老たちは石たちをかちあわせながら占いに興じていた 晩餐は喉が焼けるほど辛い肉だった 何の肉かもおぼえていない かもめたちの唄は白い水面に反響している 埠頭には老女たちがあつまりうみのゆくすえをながめていた 祭りの晩にしては静かすぎるうみが老女たちにとっては信じられなかった 洞窟の中むつみあう縫帆工と女は松明の翳をのこしてひとつになっていた 別離には挨拶ひとつ許されないまま生まれた島をあとにした 冥界のあさ 腕がぼうになるぐらい櫂をこぎつづけ 月蝕の晩にできるだけ遠くにまでいきたかった いまその縫帆工の労をいとうように鯱たちがとびはねる 水平線のむこうに消えていくほどに鯱たちの跳躍はおおきくなっていた 

流れ星はうみのなかで煌めいてやがて石になって沈んでいった
縫帆工は来る日も来る日も帆を縫い続けて うみのうえで出逢う漁師たちにそれを売っていた 縫帆工の妻はやせ衰えていた ライム酒の匂いが彼女の髪にうつった 島はまだみえない 珊瑚が水底から二人をみあげるとき 言葉をききとることができず 人魚たちは翻訳をたのまれて 海蛇たちは人魚たちの奏でる言葉に耳をすますばかり 
南半球が夜になると あわい水泡が珊瑚たちの呼吸に合わせてぷくぷくと浮かんだ
時間が痕跡をのこさないように 二人はマングローブの森で息をかわしあう