選出作品

作品 - 20121001_619_6380p

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不可能な交換

  織田和彦



地下室で生物学の実験をするのが私の日課である。

ネズミのあそこにゴム手袋を嵌めた指を突っ込み。コンクリートの塊りを引きずり出すのである。ピンセットで慎重に運河や国道をつまみ出すと、モルタルはあらゆる都市と惑星に繋がり、ロンドンやパリやホーチミンといったものがリアルに出てくるのである。

引きずり出された都市部や惑星の群体は、弁膜の開閉音とともに、例えばホーチミン人民委員会庁舎の銅像は半分に割れて崩落し、ウエストミンスター駅前のビックベンは、南米コスタリカの正午の時報を美しい調べで奏でる。

セーヌ川はむろん太平洋と完璧に接続するのだ。

ネズミの胃袋はバッテリーのように熱を持ち。私の手によって新しいものへと交換される。

今夜私は友人の田村が収容されている留置所をネズミの腹にブチ込む予定である。田村とは中学時代からの友人であり、大学時代には徹マンをした仲間である。田村の嫁と私は週2のペースで不倫をしてる。しかし留置所にいる田村をネズミの腹にブチ込む計画を立てたのは田村の嫁のぶ子である。

のぶ子は私たちが情事を終えたあと、セミダブルのベットサイドでパンツを上げながら留置所にいる田村の身を案じ、私の実験に田村を供することを申し出たのである。

私はネズミのあそこを大きく開き、田村がぶち込まれた留置所を中へ押し込んだ。留置所を中に入れるのは初めてのことだ。

私は額の汗を懸命に拭った。

留置所は何度押し込んでも戻ってきた。私はネズミのあそこに念入りにグリスを塗り込み、鉗子を使いながら無理やり留置所を押し込んだ。のぶ子は田村の名を呼んだ。「浩一!」「聴こえる筈もない・・・」私はニヒリスティックな調子でのぶ子の馬鹿げた言動を鼻で笑った。「グリスが足りないんじゃない?ほら、もっと奥まで!」のぶ子は叫んだ。

      ∞

麦わら帽子のネズミはオリオンビールを片手に自衛隊に封鎖された国道脇のコンビニエンスストア前で、私の目の前に、彼は自分のあそこを大きく開きながら、意味ありげに笑った。

ネズミは明らかに保菌者だ。

私はツナギの防護服のジッパーを首元まで引き上げ、素早くマスクをした。「見てくれや。世界中の留置所はあんたの御蔭でみんなこの中さ」ネズミは大袈裟に首をすくめ、両手を広げてみせた。自衛隊の男が銃をこちらへ向けた。ネズミは皮肉な口元で「鉛の弾もここらじゃ今や信頼の証ってわけさ」と言った。

銃声が一発鳴ると弾丸はネズミの眼球を貫通し、タバコの自販機に当たって跳ね返った。ネズミが血を流すと自衛隊の男は舌打ちしながら向こうへ行った。

私はぐったりとした麦わら帽のネズミを抱え上げると、車の後部座席に彼を押し込んだ。ゴムマットの上にホーチミンの銅像の一部とセーヌ川が勢いよく滴り落ちた。私はそこに田村がいないか探したが、助手席ののぶ子は手鏡でルージュをひきながら、この先のラブホテルに早く行きたがった。

      ∞

ネズミは湯気を立て、便臭のする息を吐き散らしながらオリビアの時報を鳴らし、のぶ子の顔を見つめた。

ネズミは明らかに発病している。

明治通りに面した西早稲田の古い3階建の執務室のテーブルの上で、のぶ子はネズミの腹から半分はみ出た留置所の一部と田村の半分を引きずり出した。田村は白目を剥き仰向けにソファーの中に倒れた。のぶ子は服を脱ぎ捨てると田村に股がった。留置所の先端がのぶ子の中に入る。田村の腰の上でのぶ子はゴマアザラシのように目を瞑った。


ネズミハハツビョウシテイルノダ


      ∞

ネズミの陰嚢の中に挿入されたままの田村の頭を引き抜くとサマルカンドをゆくマラカンダのカールヴァーンと雌ラクダ十数頭が26秒間のストロボで私の中で灼けた。ギンギンの太陽が頭上に昇る頃。8月の日曜日。私はアパートの鍵を閉め、早稲田通りへ出てインド大使館前を通り、映画館の前でタバコに火を点けた。

遅れてのぶ子がやってきた。


「待った?」
「今来たところだよ」
「旦那は出張だから今日は大丈夫」

のぶ子がなんだか浮き浮きして晴れやかな顔をしている。私は地下室に残してきたネズミの干からびた死骸を思い出していた。揮発したホルマリンの匂いが左手についている。その手で私はのぶ子と手を繋いだ。


のぶ子は柔かに笑っている。

ネズミハハツビョウシテイルノダ