熱帯雨林の奥深くで
一本の樹が音もなく倒れる
遠い北の冬の海で
雨は海面を音もなく叩きつづける
彼が深夜 唐突に眼を開けるのは
そのどちらかの音を聴いた時だ
その瞬間 眼は闇の漆黒しか捉えることは出来ず
眼を見開いたまま 彼は何も視ていない
しかし 耳はその時はじめて
幹が裂け根元が割れ 土音を響かせて
倒れる一本の樹の断末魔の叫びを
水面を強く叩く滴がぶつかって起こる
無数の水面の悲鳴を聴く
そして ようやく漆黒に眼が慣れ始めた時
傍らで眠る彼女の真っ白な
光と闇が交じりあう白夜の朧美に似た
背中の沢をそっと手を伸ばし撫でる
それが現であっても幻であっても構わない
それは 彼岸へと向おうとする彼の心を
此岸に留める舫い綱になり
暫くのやさしい眠りを齎してくれる
インド洋で啼く鯨の愛の言葉が
太平洋の鯨に聴こえるように
その啼き声を
彼は 彼女の静かな寝息のなかに聴く
選出作品
作品 - 20120927_499_6371p
- [佳] 寝息 - HAL (2012-09)
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寝息
HAL