選出作品

作品 - 20120908_001_6325p

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朝を待つ

  コーリャ


 /朝焼けを待つ。そのあいだに。口当たりのいいことばかり。話してしまうのを許してほしい。希望や。理想。その怪物的な言葉たちの。立つ瀬がなくなっていく。冬の夜の海浜の。そこここに。誰にも模写されたことのない。不燃性の生き物たちが身を波に洗わせて。すこしづつ体の色をうすめていく。彼は凍えながらそれを眺めている。吐く息が眼鏡のレンズを。バターでも刷いたようにくもらせるから。動物はみんな機械仕掛けにみえてしまう。ヒトデは。波の白さが。接触しあい。ショートして。エラーを起こしている場所から。気だるげに誕生して。そのままのかたちで。かつえながら死ぬのを待つのだろうし。海岸にしきつめられた岩砂は。いつかの満月よりも。なお人工物らしく。むしろここが月の裏側みたいな。水と砂漠の風物だ。抱きあって無理心中を後悔する海藻たち。砂の小丘に埋まったラジオは。そのまま小規模な音楽をながしながら落城し。無人島みたいに誰もいなかった。海が刺青した箇所をひたすら撫ぜながら。すこし―――。その光を思い出すことがある。暗闇とはいまでもときどき連絡を取り合う仲だ。缶コーヒーはまるで鉄を詰め込んだみたいに冷たい。タバコの匂いがしつこく潮の匂いに付け入る。彼は口当たりよく語りはじめる。例えば。そのあいだに。夜は白という色を。絵画を愛撫するみたいに。すこしづつ繋げていく。薬指はそんなときに役立つ。彼の隣で横たわっている女の髪を耳にかけたり。はずしたり。波のリズムにあわせて。首を緩くゆらしながら遊んでいた。


/その夜がすこし憎い。彼は笑顔のまま凍えている。その暗いことがちょっと怖い。みんなそのまま目を覚まさないかもしれない。その夜が怖い。その夜の廊下が怖い。もうひとりの自分がすぐ後ろにいて。いまにも彼になりすまそうとしている。鳥が眠るのを認めない。ずっと彼を見張れ。白夜のことは好きだけど。実在することは信じていない。その夜になると声がきこえる。その夜の声。頭蓋骨のなかに閉じ込めている。ときどき頭をかしげたときに。その夜が擦過音をたてる。それは砂時計の想像する五分間ににてる。耳馴染みのある夜だった。誰かの声がとどかない場所。その夜の音がたえず命令するので。水滴が水面を打って水紋をつくってなにもなくなるようにたよりない彼は従順に生きてきた。なのに砂時計の砂はなぜか湿って。流れることをしない。なのに。また別の朝はやって来る。その朝は彼らの望んだ朝じゃないのに。彼らの大切なことをなにも知らないくせに。彼らをあまねく照らし救う。そんなのもに捧げたくない。その朝も怖い。夜も怖い。だから彼は口当たりのいい言葉で語り続ける。そうすれば。彼の中だけでは。その夜はちがう夜と連結し。満月を背景に弓なりのシルエットを残しながら。長い列車にでもなってしまう。そんなことを独りで考え。彼は笑った。希望が泣いてる。理想が鳴いてる。などという。口笛もふいていく。


 /そのあいだに朝を待つ。冬の遅い日の出を待つ。さっきから海沿いの舗装道路に整列して彼らを眺めていたマネキンたちは。なにかの合図を待ちきれずにいっせいに汀に駆け込みはじめる。 車の通りがおもむろに増えて戦車がクラクションのかわりに空砲を打ちはじめる。それに驚いた飛行機はウィングをなくしたからそのままの加速度で溶いた雲につっこんでいく。朝の早いキャンディ屋がたくさんの飴を投げ込んで塩飴をつくってる。それをじっと見てるだけで。隠しステージにいけるような模様の空飛ぶ絨毯が。誰かの手紙をばらばらと捨てにくる。 また朝が始まろうとしてる。もう世界とは呼びたくないなにか。ただの生きるという発音では適切じゃないなにか。道すがらに誰かと手をつなぎ。手放すこと。それは。薬指の爪先が離れたとき。風に触れたとき。オブラートを舌で溶かすように。混沌の中のみえない一色になる。彼らはどんな顔をして溶けてゆけばいい?疑いようもない朝の光の幾筋に!そしてそれは嘘のひとりごとでしかない。彼は彼だけの言葉で。恐れていたものをなだめ。光を崇める。ということはできないことを知ってる。それは誰かから教えてもらったことだから。もうどうでもいい。とくに。あなたなんかは。それでいいから。だから。返そうとおもったんだ。言葉のほかで受け取ったものも。言葉も。そろそろだろう。起ち上がる。朝は来たが。朝焼けはみえない。老いた羊の群れのような雲が現れ。間の抜けたスロー再生で雨を降らせる。長いあいだ。女は砂に頬をつけて横たわっていた。 落ちた泥まみれ手首を唇にあてようとして。やめる。冷たい鉄が重く。冷たい。誰かが叫んでいるけど。わざと振り返らないで。進む。いまさらやっと海の匂いがする。灰色の海の光と闇の段々がさね。水平線のはるか遠く。白と青があざやかに手をつないでみえるのは幻想だね。風が朝から逃げていきざま、彼の長い前髪を開け放つ。緑灰色の泡立ち。僕の頭のなかで水滴が水面を打って水紋をつくる。体を捨てたあとの腕の温感。少しだけの眩しさ。なぜ光っている?どこが?海。海。海。と口当たりのいい言葉で。暁で空にかえっていくはずだから。望まれない冷たさと角度で。朝焼けはやってくるから。