漂う部屋
底に 横たわり
行き着く先から曳かれ
つめたい母の
息が 透きとおるようになる
瞼のそとは かぞえ尽くせない
岸は火事
カーテンを閉じても
まだ 結露に濡れた窓の向こうで
燃える
+
幾重にも
折られ
重なったしわをさすり
丹念に おし開く
若返らせようとして
いるのか
不明のまま 手はやめず
一心にまじない
めくれば不意に裂傷があり
とび出した 舌が
極楽、と
よだれを吐く
すでに
母の目に 満月は移っている
決められたとおり
底をなくした舟の
はらを蹴って 泳ぎ出した
する筈がない声がしても
聞き返さなかった
+
あけ方 庭へ
灰ではなく 雪が
ずっとふり続いている
ぬれた裸足で 何を書いても
自分では感じない熱が
かたちを溶かして
溺れてしまう
としても
ふたたび積もった位置へと
つま先をのばす
先から
泥が垂れる
+
母と また亡父と
血の繋がるものたちが
寄せあう身を かざす火に
細い白髪のひと房を
放る
かすかな音で
水気が煙るなかから
枝わかれを継いで 天に
上ってゆく無数の腕
仰いだまま
遠くなる
もう声がとどかないところ
と、誰かがいう
背中に
かたい地面がぶつかり
思わず 瞼を閉じると
よく知った
懐かしいものばかりが見えて
このまま 開けかたを
忘れてしまいそうだ
選出作品
作品 - 20120430_529_6060p
- [優] 風習 - 泉ムジ (2012-04)
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風習
泉ムジ