選出作品

作品 - 20120109_820_5800p

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陽の埋葬

  田中宏輔




汚れた指で、
鳥を折って飛ばしていました。

虚ろな指輪を覗き込むと、
切り口は鮮やか、琺瑯質の真っ白な雲が
撓みたわみながら流れてゆきました。

飛ばした鳥を拾っては棄て、拾っては棄てた、
正午の日曜日、またきてしまった。

雨ざらしの陽の剥製。
屋根瓦、斑にこびりついた鳥糞。
襤褸を纏った襤褸が、箆棒の先で
鳥糞の塊を、刮ぎ落としていました。

あれは、むかし、家に火をつけ、
首をくくって死んだ、わたくしの父ではなかったろうか……。

手の中の小さな骨、
不思議な形をしている。

羽ばたく鳥が陽に擬態する。

わたしは何も喪失しなかった。

一度だけだという約束の接吻(狡猾な陽よ!)

わたしの息を塞いで(ご褒美は、二千円だった)

頽(くずお)れた空に、陽に溺れた蒼白な雲が絶命する。

──だれが搬び去るのだろうか。

壜の中の水(腹のなかの臓腑(はらわた))
水のなかに浮かび漾う壜の中の水の揺れが
わたしの脳も、わたくしの頭蓋の中で揺れています。

わたしのものでない、
項(うなじ)の上の濃い紫色の痣(その疼きに)
陽の病巣が凝り固まっている。

あの日、あの日曜日。
わたしは陽に温もりながら
市庁舎の前で待っていました。

花時計の周りでは、憑かれたように
ワーグナーの曲が流れていました。

きょうも、軒樋の腐れ、錆の染みが、瘡蓋のように張りついています。

窓枠の桟、窓硝子の四隅に拭き残された埃は
いつまでも拭き残されたまま、ますます厚くつもってゆきます。

陽は揺り駕籠の中に睡る赤ん坊のように
──わたしの腕の中、腕枕の中で睡っていた。

二時間一万六千円の恋人よ、
だれが、おまえの唇を薔薇とすり替えたのか。
だれが、おまえの花瓣に触れたのか。

さはつてしまふ、さつてしまふ。

拭き取られた埃が、空中に抛り投げられた!

陽の光がきらきらと輝きながら舞い降りてきた。
──陽が搬ぶのは、塵と、埃と、飛べない鳥だけだった。

嬰兒(みどりご)は生まれる前から跛(びつこ)だった(この贋物め!)

口に炭火を頬張りながら、ひとり、わたしは、微笑んでいました。

噴き上がる水、散水装置、散りかかる水、
煌めくきらめきに、花壇の花の上に、小さな虹が架かる。
水の届かないところでは、花が死にかけている。
痙攣麻痺した散水装置が象徴を花瓣に刻み込んでいます。

かつて、陽の摘み手が虹色に印ぜられたように
──わたくしも、わたしも、その花の筵の上を、歩いてみました。

垣根越しに骰子が投げられた!

陽は砕け、無数の細片となって降りそそぐ。

、 、  、   、    、     、      、


 、  、   、    、     、      、


  、   、    、     、      、


貫け、陽の針よ! 貫け、陽の針よ!

陽の針が、わたしを貫いた。

市庁舎の屋根の上に集(すだ)く鳥たちが

一羽ずつ、一羽ずつ、陽に羽ばたきながら

陽に縺れ落ちてゆく。

コンクリートタイルの白い道の上に

骨の欠片、微細片が散りかかる

散りかかる。

陽の初子は死産だった。

わたしは手の中の骨を口に入れた。

わたしは思い出していた。

あの日、あの日曜日、

わたしがはじめて

陽を抱いた

日のこと

を──

そうして、
いま、陽の亡骸を味わいながら
わたしは、わたしの、息を、ゆっくり、と、ふさいで、ゆき、まし、た、



*



三月のある日のことだった。
(オー・ヘンリー『献立表の春』大津栄一郎訳)

死んだばかりの小鳥が一羽、
樫の木の枝の下に落ちていた。
ひろい上げると、わたしの手のひらの上に
その鳥の破けた腹の中から、赤黒い臓腑が滑り出てきました。

わたしは、その鳥の小さな首に、親指をあてて
ゆっくりと、力を込めて、握りつぶしてゆきました。

その手触り……

そのつぶれた肉の温もり……

なぜ、わたしは、誑(たぶら)かされたのか。

うっとりとして陽に温もりつづけた報いなのか。

さやうなら、さやうなら。

粒子が粗くて、きみの姿が見えない。

死んだ鳥が歌いはじめた。

木洩れ日に、骨となって歌いはじめた。

──わたしの口も、また、骨といっしょに歌いはじめた。


三月のある日のことだつた。
(オー・ヘンリー『献立表の春』大津栄一郎訳、歴史的仮名遣変換)

木洩れ日に温もりながら、
縺れほつれしてゐた、わたしの眠り。
葬埋(はふりをさ)めたはずの小鳥たちの死骸が
わたくしの骨立ち痩せた肩に
その鋭い爪を食ひ込ませてゆきました。

その痛みをじつくりと味はつてゐますと、
やがて、その死んだ鳥たちは
わたしの肩の肉を啄みはじめました。

陽に啄ばまれて、わたくしの身体も骨となり、
骨となつて、ぽろぽろと、ぽろぽろ
と、砕け落ちてゆきました。

陽の水子が喘いでゐる(偽りの堕胎!)

隠坊(おんばう)が坩堝の中を覗き見た。

──陽にあたると、死んでしまひました。

言ひそびれた言葉がある。
口にすることなく、この胸にしまひ込んだ言葉がある。
何だつたんだらう、忘れてしまつた、わからない、
……何といふ言葉だつたんだらう。
すつかり忘れてしまつた、
つた。

死んだ鳥も歌ふことができる。

空は喪に服して濃紺色かち染まつてゐた。

煉瓦積みが煉瓦を積んでゆく。

破れ鐘の錆も露な死の地金、虚ろな高窓、透き見ゆる空。

わたしは、わたしの、死んだ声を、聴いて、ゐた。

水甕を象どりながら、口遊んでゐた。

擬死、仮死、擬死、仮死と、しだいに蚕食されてゆく脳組織が
鸚鵡返しに、おまえのことを想ひ出してゐた。

塵泥(ちりひぢ)の凝り、纏足の侏儒。

隠坊が骨学の本を繙きながら
坩堝の中の骨灰をならしてゐました。

灰ならしならしながら、微睡んでゐました。



*



樹にもたれて、手のひらをひらいた。

死んだ鳥の上に、木洩れ陽がちらちらと踊る。
陽の光がちらちらと踊る。

鳥の死骸が、骨となりました。
白い、小さな、骨と、なり、ました。

やがて、木洩れ陽に温もったその骨は
手のひらの上で、から、ころ、から、ころ、

から、から、から、と、ぶつかりあいながら
輪になって舞い踊りはじめました。

わたしは、うっとりとして目をつむり
ただ、うっとりとして

死んだ鳥の歌に、
じっと、耳を、傾けて、いま、した。



*



何を見ているの?
──何を、見て、いたの?


何も。


嘘!


窓の外。


見ちゃだめだよ。
──ぼく、連れてかれちゃうよ。


えっ?


振り返ると、シーツの上には、
残り香の、白い、小さな、骨が、散らばって、いま、した。



*



──羽根があれば、天使になるの?

そうだよ。
でも、いまは、毀れてるんだ。

──その腕に抱えてるのが、翼なんだね。

そう、抱いて、あたためてるんだよ。
つめたくなって、死にかけてるからね。

──でも、ぼく、そのままの、きみがいい。

そのままの、ぼくって?

──優しげな、ただの、少年だよ。

そして、天使は、腕をひろげて
もうひとりの、自分の姿を、抱きしめました。