窓の外を見つめていた。
遠く近くに海が浮かんできて
うらびれた海でも恋しくなると、無駄に車で走りたくなるものだ。
そこには見馴れた景色。見馴れた顔。そして見飽きた時間。
こころは無尽な幕に覆われたまま、いつものようにいつものようで終わってしまう。
そんなこと、はじめからわかっている‥。
実際、必ず渋滞に巻き込まれたりしてトーンもおちる。
それまでは気づかないように街に溶け込んでいた小さな顔が、斜め前方からわたしに迫ってきて、意識と意識がふいにひとつの水槽の中で互いに交錯をはじめる。
こうなると無意識の回路は途端に過剰な反応を起こし、宛先のない私からへの独り言へと変わっていく。
時間が引き戻されてゆく。
また右折車線に迷う。
それでも、ガラス越しに映る比較的気持ちのよい顔を選びながら、じっくり観察などしてみたくなるが、それが急に減速して目の前でピタリと止まったりすると、なんだか釣り銭を手渡されるときのように、興味を無くしてしまうのは何故だろう。
わたしはサングラスをかける。
昼間の闇が見えてくる。
今ではそれを諦めるしかないのだと、思うより他はないのだろうか‥。
いつのまにか橋を通り過ぎていた。
一瞬レモン色の泡に蒸せる磯風が鼻をよぎる。
チラリ、なつかしいスナックの看板に目を奪われると、さまざまな臭気のなかでうつら、うつら、うつらといつものようにアタマの中が巻き戻しの幕に覆われ眠りを誘う。
道路はこの辺りから家並みも途切れ、堰堤に寄り添う視界も開けてくると
もうすぐ波は近くなる。
また車が増えてきた。
信号待ちでふと見上げた沿線の電柱に、「上の浜」と書かれた小さな看板に目が止まる。
いままで何百いや何千回と通ってきて、いまはじめてそれに気がついた 。
*
゜。゜
はっ/きりと蟹は言う。
いったりきたり。何回ターンを繰り返せばいいんだ。よー君たちにはもううんざりだ。 あ わわわわ゜。飲み過ぎたか。もう銭がない。ひとり。通り過ぎるタクシーのライトが眩しくて。月のない夜の浜はこわいよ淋しいよ。ガサ/ゴソ葉が擦れる。風かおまえは誰だ。よー鳥か猫か。猫よ、猫は泣けよ唄えよ。あーなんて馬鹿な俺が。夜に 夜を、いまは誰も寝てはならぬ と‥ 。
。゜冷めた丼には千切れた心太の泡が゜。
なんで、とそんなモノ喰ったことのない奴に人生の意味なんてわかるものか‥。゜
*
二車線の前方から赤のフェラーリが通り過ぎた 。
今どき目立つスポーツカーに乗っているのは、大方の場合ヒゲを生やしたオヤジだったりする。
すれ違う普通乗用車はオヤジばかりで、 つまらない 。
こんなときはできるだけ綺麗な女性の顔で終わりたいと、わざとらしく見ないようにする。
そんなふりをする。
手前の黄信号で営業車が急停止した。
二人連れの男女は後ろのことなどお構いなしで話しに夢中だった。
道路脇のガソリンスタンドではアルバイトらしき店員がぐるぐると忙しく動きまわっていて、それをじっと見つめていると、何故か気後れした眩暈が背中の記憶と重なり合い‥ すると、、鼻息の荒い野生馬に振り落とされまいと必死に藻掻く蟹の泡゜。゜
見上げれば今にも降り出しそうな積乱雲のなかで、ただオドオドとしながら同じような汗ばかりを流していたあの頃のわたしが、滑稽な姿で甦ってきた 。
微熱はいまも続いている
思考はいつも空回りする。
風がまた海の匂いを立ち上げた。
いまでもよくわからないのは、辞めなければならなかった理由と
そして
勤め続けられた理由‥。
*
そこに海があるから餌のない釣竿を投げ入れる。
何かが釣れるはずだ。きっと。ひとりが不安な君たちなんかより僕の方がずっと有意義なはず。なんで‥。 ほら、 蟹を見ろ。 穴へ入ってゆく 。 あの鳥の、空の向こうから何が見えてくる。 やぐらに帰れば堪らなく切なくノスタルジアな 。 そうだ 。時間よとまれ 。いまから僕、空を喰って生きてやろう 。 こんなにも浜木綿がきれいに‥ いっちにぃさぁんをし‥。
十年が一日で終わる 。たぶん 。
明日僕は君たちから さようなら 。
*
西風が吹いてきた。
そろそろ鷺も帰るころの陽射し
空き缶をそっと投げ入れてエンジンを始動する。
すべては曖昧にして、終わってみれば無駄だったと気付かされる 。
十年を一日で忘れた 。
そう考えながらも
わたしは また回想ばかりを追い続けるのだろう
生きてゆくために‥ 。
*
選出作品
作品 - 20100717_139_4556p
- [佳] 思考する蟹 - たけのこ (2010-07)
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思考する蟹
たけのこ