近くまで来たM子から連絡があったので
駅前の喫茶店で久しぶりに会うことにした
M子は最近飼い始めた猫の話と
田舎の母親が大病を患って
看病を任された妹から毎日のように電話が掛かってきて
あんまり眠れないのよとそんな話をした
外は雨が降っている
えっと火曜日の午後だっけ
かつて妻だった女は財布からしわしわのレシートを取り出し
それをコップの縁できれいに伸ばしていた
天気予報のお姉さんのように清楚な人が
向こうのテーブルで回転椅子に縛られ
M子はそれを昔の自分みたいに無残ねえと笑った
それに妹が死んじゃったらわたしたちっていっかんのおわり
喫茶店にいるM子と
猫に名前をつけないM子と
それからみんなの知っているM子と
本当のM子はどーれだ
会話の合間には
ストローから互いの空気を吹き込んで
いろんな人形を膨らました
次の太陽電池は
22時を過ぎているのにこの明るさ!
と驚いて
ぼくたちは外に出る
無数のマンホールを避け
最寄駅へつながる道を行った
ぼくとM子はプラットフォームで電車を待ち
M子はハリウッド行きの電車に飛び乗り
ぼくはそれと反対に向かう電車に飛び乗った
車内は朝の混雑がとっくに緩和され
ぼくたちがかつて愛用していたシルバーシートには
知らない人がたくさんいて
M子は元気にやっているかと訊かれる気配がないので
そのM子なら元気にやっている
しかしながらそのM子の母親は大病を患っている
看病を任されたのはそのM子の妹
そのM子は最近猫を飼い始めた
猫の名前ならそのM子が知っている
それから他愛のないいくつかのことを彼らに伝え
白昼の吊革にぶら下がるために
そろそろ立ち上がるつもりなのに
頭という頭がぼくを抱えてしまっている
選出作品
作品 - 20100518_858_4408p
- [佳] M子の近況 - debaser (2010-05)
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M子の近況
debaser