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作品 - 20100122_018_4104p

  • [佳]  雪夜 - 凪葉  (2010-01)

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雪夜

  凪葉

 
 
覗き込むようにして道路を照らす、外灯の明かり。吐き出す息が夜の漆黒に際立ち、空からは絶えることなく雪が、ぽつぽつと明かりの縁から生まれるように落ちてくる。振り返ると、今歩いてきたわたしの足跡さえもうどこにも見当たらず、仄明るく続く、誰も居ない国道が真っすぐに伸びている。わたしは、その道に沿って歩いている。どれくらい歩いたのか。雪に埋もれていく道路。ざくざくと、歩く音だけが響いては沈む。降り積む雪は、わたしの温度で融け続け、首筋が、酷くつめたい。傘を持たないわたしは、このままこの国道のように熱を失い埋もれていくのだろうか。そんなことを幾度となく思う、思いは、またひとつ雪の軽さを纏っては、わたしの中に沈み、消えていった。
 
 
 
工事途中の交差点付近。あるはずの喧騒、が、遠のいていく電車の音に連れられて行く。左へと曲がる道が塞がれている。右へと曲がる道にはロードローラーが凍え、丸い足を横に向け寝転がっている。この先は、どこへ繋がっているのだろう。ちかちかと、赤く点滅する誘導棒をだらしなくぶらさげた人形が、雪をヘルメットにこちらを見つめている。片側交互通行。そう書かれた看板の骨格は不思議な角度で曲がり、身体ごと夜に傾いている。足元を見る。ひとり分の足跡が、これから向かう道の先へと続いている。それらは既にうっすらと真新しい雪に埋もれ消えかかっていた。(視界の端で赤い光が瞬いている。)もう一度、人形に目を向けてみる。変わらず、人形はまっすぐな瞳でわたしが歩いてきた方向をじっと見つめていた。平らな瞳。その先には、影を落としたような薄闇が遠くなる程濃くどこまでも伸び、おぼろげな輪郭線に目を奪われたまま、わたしの視界が、僅かに歪んだ気がした。


  
風が吹く。辺りの雪が粉のように舞い上がる。いつの間にか首筋は感覚を失い、今わたしはどのくらい埋もれているのだろう。また風が吹く。ポケットに突っ込んでいた両手を出し、頬に当ててみる。つめたい。手が氷のように、つめたかった。わたしはいつの間にか、温かさをうまく思い出せないでいる。屈みこみ、道に積もる雪を握りしめる。雪は思っていた以上に冷たく、手を開くと、その途中できしりと痛んだ。立ち上がる。等間隔に並ぶ外灯。斜め後ろから射す明かりで、わたしの影が白い道路に黒く滲んでいくような気がした。先へと続く足跡は、変わらず、薄っすらと真新しい雪に埋もれ、続いている。わたしはどこへ、どこまでいくのだろう。幾度となく振り返る。今、歩いてきたわたしの足跡はやはり無く、遠くの方ではちいさく、赤い光が明滅している。誰もいない交差点。音一つなく、顔のない後姿がすべてを黙殺している。わたしは、確かにあの時、触れようとしていたのか。温かさはやはりまだ、うまく思いだせないでいる。風が捻じれ、身体をえぐるように雪は視界を覆う。上を見れば、吸い込まれそうな夜がすぐそこまで落ちてきていた。目をつむり、遠くの方で明滅する光をぼんやりと思う。わたしが、わたしを呼ぶ声。思いは、雪の軽さに寄りかかり、そのまま深く、ふかく見えないところへと、沈んでいった。