選出作品

作品 - 20091229_571_4050p

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かききづの

  岩尾忍

枕詞。月、過去、対話、在る、等にかかる。例、「たちまちに手は雪を解くかききづの在ることをなほ解きあへずして」

というように、現実の直視を避ける。それは二畳の独房でも可能だ。まして六畳の子供部屋でなら

(三倍可能だったよ)。


思い出さないで語ろう。嘘が最後まで嘘であるように。たとえば、

あんなに愛されては生きた心地もしない。手になったような気がした。また網膜か脳になったような。すでに一時間以上、あなたが洗い続けてるそれ。それって手じゃなくて私だと思うんですが。(と言うための必要最低限の、

言うたらまあ、暴力。)


またたとえば、そこにいる限り、何を思っても無害であるしかない。そういう場所がある。街を歩いていても、道の両側はたいていそういう場所だ、と。

「私」を含む文すべてが、現実的には偽だと。一人称なんて言語の中にしかないと。そしてまた、

一冊の古語辞典の砦。三十一音の地下室。ココア。(誰も知ろうともしていないことを、秘密にしてどうする。)と。


(そしてまた覚えてもいないことを言うなら、)「それは、

可愛いものだった。言葉は

とても無害だと思った。まるで私のように。」


真夏でも長袖を着ていた、一人の同級生がいた。誰もが知っていた。彼がその下に何を隠しているか。何がまるっきり隠されていないのか。

私は健康で理性的だったので、皮膚をひっかいたりしたことはなかった。つまり存在が長袖。書くならばその下に隠して。

と思うほど馬鹿だった。殴ったりする方が賢い、となかなか気づかなかった。


かききづの

過去 淡雪の袖解けてなほ



*自注:「かききづの」の「きづ」の表記は、正しくは「きず」。しかしいくつかの理由によって、この誤記のままにしておく。