選出作品

作品 - 20090804_874_3684p

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夏にうまれる

  ひろかわ文緒

日傘の陰にちいさく
鈴が鳴って夏はあかるく
なってゆきます
青くたおやかな風に
葉脈は波うって
けれどやがては、
おさまるようにわたしも
素直に日を抱いていたいと、
おもうのでした

 ・

川辺をあるくことが
とてもすきです
水鳥がはばたいたあとの
水面や、泡を
眺めている時間が、すきです
熱をもった土の蒸発や、
モンシロチョウの
息をひそめる様子を
眼をつむっても
おもいうかべられるから
わたしももうすぐ
川辺のけしきになる
のでしょう

 ・

まきあがる真砂に
わたしのほねぐみはもろく
かたかたとふるえます
擦りあうすきまと
すきまの水に
空気が混ざって
ひとつ、
ひとつ、
つぶれてゆく音です、耳から
ではなく、体内をつたわる
いとおしいふるえ、

 ・

空、空、空、
繰り返してゆく四季に
いきるのはむずかしいと
蜩は云うのでしたがほんとう
でしょうか、
あなたはいともかんたんに
フラフープをくぐって
尾びれをなびかせているから
いきるのは泳ぐよりも
ずっとたやすいのだろうと
おもって、いた

 ・

おさない子どもが
タタンタ、と駆けて
階段を降りてゆきます
コンクリートの石粒が、宙に
無造作に
ほうりだされて
たよりなさそうに
みえたのは、なつかしい
母のつくる夕餉の
においがふと、
鼻をかすったから
なのでした

 ・

日傘をとじて
もう陰のない足元をたしかめ
あるいています
わたしはすきな
ことばかりをして、いきて
日の暮れるのをおしみ
手をふること
さえも、できずにいました
けれどさいごには
家にかえるしか
残されていないように
きょうという日も
きょうという日に
かえそうと、そっと
かなしんだあとに腕を
あげてやわらかく、指を
ほどいてゆくのです