雨期がつづく
耳のうしろで河が鳴っていて、困る
部屋にひとり座し
壁など見つめていれば
列島を捨てて大陸へ行きたく、はや
赤錆びたディーゼル機関車が原野を這う
地平線のむこうから
雨、雨雲、山岳、狩る人、狩られる獣、村、など
風景がひりだされる
自分の顔を知らず
片手で鷲掴みしてみる
このヌルとした凹凸
手指は私だが、まさぐる顔は他国者
指のすきまに小窓が見え、つかのまの青空
十字格子にかかる
白い月の
そのなけなしの清しさは、さあれ
苦もなく黒雲に仕舞われる
流し台の蛇口の先から
蛇がこちらを覗いている
かわいい
縞蛇の女かもしれない
喉元の青白い鱗から絶えず雫が滴っていて
パッキンを取り換えねばならないが
雑貨屋があるのは町の東
ディーゼル機関車は西へ西へ
無人駅のまわりには
ルビー蝋貝殻虫の集落がこびりつき
そのはずれに、角蝋貝殻虫が三つ四つ
白蝋の屋根を寄せ合っている
その一つに私は寄宿し
雨の日は
清潔を好み、幸福を好み
ふたつながら得ている
耳のうしろで河が鳴っていて
鉄橋を機関車が渡っていくので、よけい困る
「召しあがれ」と、窓辺に
姫沙羅の花を添えて
枇杷が置かれ、隣家の小さい傘が去る
雨期がつづく
平野では河が溢れ、湿地帯に草が茂り樹が茂り
やがて石炭が出来る
選出作品
作品 - 20090704_464_3629p
- [優] 侘び住まい・六月 - 鈴屋 (2009-07)
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侘び住まい・六月
鈴屋