選出作品

作品 - 20090620_055_3598p

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エメラルドグリーン

  ミドリ


一本の道は、果てしなく続いている。振り返るとそこには、蹴散らされた砂埃の中に轍が見え、エメラルドグリーンの海が広がっていた。

旧盆の初日が暮れようとしていたその日に、伝い歩きはじめたばかりの娘が、借家の縁先から落ちた。
真っ先に電話したのが彼だった。

小さな子がいるのに、パーティー?
そんなことできる筈もないじゃない。ってさ。ミノルに食ってかかりたかったのかもしれない。電話口の背後で、トランスした若い男女の声や、けたたましい音楽が聴こえる。

えっ?子供?なんだ!今すぐ出てこいよ!

わたしはガチャン!って。受話器を力いっぱい叩きつけた。
壊れるかと思った。

心も。電話も。全部。

       ∞

島に引っ越して半年。
知り合いもいない。家族も疎遠になった。娘の父親だって、どこにいるやら知れない。わたしは娘を強く抱いた。言葉はまだ話さないけど、それ以上のぬくもりが娘の体から伝わってくるような気がした。わたしは幸せなんだろうか?それとも、みじめなんだろうか。

ある日島のオバァが、うたきに連れて行ってくれた。乳母車に娘を乗せ、食料品店に買い物へ出ていたときのことだ。クバ帽を被ったオバァが、泣き出してきかない娘の顔を覗き込んで「ナチブーね」って、あやしてくれた。
オバァは一生独身通し、子供を産んだことがないという。娘を抱き上げると「ヴァチクァイヤッサー」といった。
オバァの体の匂いには、どこか鼻腔の奥をツンとくすぐる懐かしいもの感じて、わたしはその時、店の外へ目をやった。
なんでここの空はいつもこんなに、真っ青を晴れるんだろうって。

オバァとわたしたちの生活が始まったのはこの日を境にしてのことだった。オバァが娘を預かってくれるので、わたしは仕事に出ることができた。サトウキビ畑とスーパーのレジ打ち。時給がおそろしく低く感じられるのは、都会で暮らしていたわたしの感覚なのだろう。誰にも、愚痴は言えなかった。
そういえば、島の北部にはユタが修行する場所があると聞いたことがある。

オバァ?オバァは、神様とお話ができるの?
神様ねえ〜、あたしも偉くみられたもんだねぇと、オバァは笑う。

あんたの後ろに、へんな霊がついてる。なんてオバァに言われようものなら、わたしはきっと、信じたかもしれない。

       ∞

彼から電話があった。

どこにいるんだ?
引っ越したの
島から出たのか?
ううん
仕事は順調?
まぁね
ショップをオープンしたんだ。クラブだよ。なぁ、こないか?

彼は本気じゃない。電話だと、声の調子でそれがよくわかる。

さよなら・・
えっ?なんだって?

ガチャン!

       ∞

白い砂地の、一本の道は、果てしなく続いている。
振り返るとそこには、いつも変わることなく輝き続ける。
エメラルドグリーンの、大きな海が、見えるんだ。