選出作品

作品 - 20090525_673_3541p

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ポップソング

  泉ムジ

おぼえたことも忘れていたポップソングからメロディを捨ててつぶやけば、お経みたいね、
って、よく熱したフライパンに無塩バターを転がす小鳥がハミングでメロディをついばん
で、乳色に泡立ててとけてゆく中にたまごがふたつ割り入れられひとつになる、そうだね、
そんなうただった。ひとつなのに孤立した半熟のきみたちが薄い膜をふるわせ続けている、
そんなうただった。ありきたりで、きづかずにいくつもの言葉やメロディが変質している、
そんなうたを小鳥とふたりでうたいながら、なべに苺のジャムができあがり、カリカリに
焦がしたトーストが2枚と、ケチャップで口が描かれてスマイルになった目玉焼き。とて
も得意気に笑うから、ほんとうは醤油で食べるほうが好きだなんて、けっして言わない。
そんなことより、トーストに苺のジャムをたっぷり乗せてうれしそうな、小鳥とふたりで
うたっていられたなら、おぼえたことも忘れていたポップソングからメロディを捨ててつ
ぶやけば、お経みたいだ、って、すっかりつめたくなったフライパンの表面の、あぶらの
薄い膜がゆびさきにしっとり馴染むのを、たしかめるように何度もなぞっていると、火に
かけていたなべから、苺と砂糖が泡立って、焦げるにおいがキッチンにひろがって、とま
らない。食パンを口につめこんでつぶやきを止めて、小鳥がしてたみたいに、ハミングで
メロディをかなでようとするけれど、なべからたちのぼるけむりで息苦しくて、呼吸のし
かたを忘れていて、食パンを吐き出して、どんなうただったかな、小鳥、きみじゃないと
うたえない、小鳥、小鳥、小鳥、おぼえたことも忘れていたポップソングからメロディを
捨ててつぶやけば、お経みたいね、って、うん、お経なんだ、って、平熱をしめす体温計
を手渡す。かなしいくらいかんたんに破れてしまう薄い膜をふるわせ続けて孤立している、
そんなうただった。それでも、ぼくたちはひとつで、そのことの証明として存在している、
そんなうただった。ありきたりで、きづかずにいくつもの言葉やメロディが変質している、
そんなうたを、あのキッチンで、小鳥とふたりでうたっていたんだ。