選出作品

作品 - 20090209_089_3323p

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だんぜつの雨

  ひろかわ文緒

ほのぐらく透きとおった、雨が
砂浜に転がった壜を撫で、壜の中の蟹は身じろぎひとつしないまま。わたしは
わたしの喉は叫ばない。を知っている、知ってはいたのだと耳に手をやる。右耳にはひとつ穴が空いていて、それは壁のない家のドアのように立ちつくすだけで意味のない、ない、熱が、ない。貫通する金属をかろうじて、あいしている。

鴉が

衛星に
わたしの空のまんなかに
蜜柑の木の枝先に
かすれた羽音とともにこぼれていく少しずつ、積もり、さかいめができる、風になぞられて、はっきりと断たれていくそっと、手を合わせる、僧が、また背を向けていく、何故わたしたちは、違うのかということを考えている、振り向きはしない背骨に手を伸ばそうと、する、だのに周到に用意された解答をあなたはただ述べればいいのよとただそれだけなのよとお母さんは、へその緒をちぎっている、何故、

とてもつめたいといった、しょうじょたちがもえさかるほのおのなかでつめたいと、てのこうをさすりあって、まったくつめたいと、くりかえして、かじかむ、けいたいでんわがふるえる、ぶるぶる、くろいぬのをかぶったろうじんは、ひめいとせいじゃくのひびくかいだんをころげおちながら、それでもじゅうようなみずをふところにかかえて、うみのむこうのなのはなのはたけのことや、こーひーまめをしゅうかくするしょうねんのこと、あたらしくえがかれるかいがのことをおもった、でんしゃにゆられるだんせいは、はんとしいじょう、すーつをきてしごとへむかう、ふりをする、かばんにはつまがつくったおべんとうをしのばせて、たいくつ、をかみころしている、あおいひとみのくろねこはだんぼうのきいたへやのまどぎわで、へいぜんとふるあめをみあげて、にゃー、と、ないた。

洗濯機がまわります。今日も快活に。
わたしからうまれなかった子どもは明日もぐんぐん伸びて健やかにふとることでしょう。やわらかい産毛を石けんに洗われることでしょう。わたしのなかの、うまれることのない子どもはたまに、癇癪をおこして濁った腹を蹴りあげます。そういうときは静かに血を吐いて、浴槽に体を折り畳むのです。うすいグレーを一心に見つめ、やがて。やがておさまるとわたしは浴槽から這い出し、瞼に紅を塗ります。かわいいね、と誰かが昔云ってくれたからたいせつ、なのです。


/きこえますか?


映像を、いつも待って、今も、待っているのだよ、そして君の。電話線よりも
ふぞろいの、波。波音だけがひびく、海岸で足跡ははるか遠くに忘れてきて、
しまって、いるのだよ、蟹が身じろぎひとつしないのはもう、あきらめてしま
っているからであると、雨はずっと壜を叩いて、いるのだよ、だから。


//きこえますか?


望遠鏡はぼやけて、何ひとつ映さないから、視力を。
夜、には虹彩の膜を破って、おはようを。
きこえて/いるでしょう?
途切れていく花。花、花にひかりを。
うまれる子どもに、まあたらしい
、歓声を。