胡坐をかいて縁側に座る。
今日はずいぶん日射が痛い。
妻の注いだダージリンティーは
もうすっかりまどろみ、
体液に近い温度になっている。
カップを掴もうとする手の歪さが、ふと滲んで
私はすっかり困り果て、
フローリングの溝をなぞる。
*
幼い頃だった。
父はよく折り鶴をつくり、
くちばしの尖った部分で私の頬をつついては、
面白がって笑った。
表情は思い出せないが
頬にあるえくぼの影が怖かったのを覚えている。
いつかそのくらやみに
飲み込まれるような気がしたからだ。
*
日が暮れ
夕飯の時間になると、
何故か時々、
皺皺でぱさぱさに乾いた玉子焼きを
母と私に、父はふるまった。
やたら甘くて苦手なんだ
とは、
言えないまま食卓をかこんだ。
むしあつい静寂の中の団らん。
扇風機がどこともつかない方向をむいて、
ひとりでカラカラと
音を立てながら、踊っている。
夕飯後は決まって、
父とお風呂に入った。
くたびれた手のひらで乱暴に私の背中を流す。
(きっと背中には
(赤い痕が水溜まりのように
(浮いているのだろう
湯船につかりながら、
横に置かれたタオルがまるで、
玉子焼きのようで
その度に甘い唾が口の中に広がって、
やはり私は、全く
玉子焼きが苦手だと思った。
暖かい夜風が、
夏をやわらかく切り取っている。
かざぐるま、の音の響く
まっくらな木々の葉、
一枚、一枚それぞれが
さやさやと揺れている下で、
蛍光色の外灯が明滅している。
視力を失った鳥たちが、
一斉に旋回を始め
夜の隙間に挟まっていく
*
父と私は家の前の溝に並んで、
せんさいな紙縒をつまみ
ひゅう、と
ロウソクから火をうつす。
あかりが、灯る。
線香花火の橙の玉をつくること、
父は
それだけはとても上手だった。
息をひそめて、膝をだく。
散らばる線/集まる点
輪郭がふるえる
水中に落とされていく種
生まれる 祈り
のような呼吸で
繰り返し 産まれては
消える
明けない夜はないのだと
息をひそめて、膝を抱く
*
日が、かげってきたのだろうか。
父のえくぼの影のような、
暗がりが、うっすらと
辺りを包み始めている
もしかすると、それは
おい、
と、妻を呼ぶ。
はたはたと足音が近づく。
右隣に座った気配がして、
指をそっと、重ねる。
歪な指である。
薄荷を含んだような清涼な風が二度ほど、
通り過ぎていった。
お茶、いれなおしましょうか
―ああ、
頷き、
強ばった頬を僅かに緩ませる。
遠ざかる、
顔のない妻。
色とりどりの折り鶴が
後ろをついていく。
ふと、
とびきり甘ったるい
父の玉子焼きの香りが
立ち上っているような
気がした、夏の隙間で
視力のない鳥が
旋回を繰り返している。
選出作品
作品 - 20090107_450_3246p
- [優] 夏の隙間で - 草笛 (2009-01)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
夏の隙間で
草笛