選出作品

作品 - 20081222_279_3218p

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ハイプ

  ゆえづ

洗面台で蛇口をひねる午前5時
鳥のさえずりは黄色に跳ね
カルキ臭が洗面ボウルにつうんと鳴り渡る
窓から眺めるアパート前の公園は
つけっぱなしのパソコン画面そっくりに
生臭い陶酔とわずかばかりの現実感を持って
うす暗い浴室をしらじらと照らしあげる

8時の窓から眺める公園はハレムだ
垣根のトケイソウ群が
しなやかな手足をぐねぐねと金網に絡ませ
大きな瞳をしばたたかせている
擦れ合うながい睫毛から立ちあがる
甘く切なげな香りが
今にもこちらまで漂ってきそうだった
私はうやうやしく髪を結いながら
窓枠にもたれかかり
通りを過ぎる大きなランドセルを背負った少女達の
その痛ましいほどの細い身体を
ただ口惜しげに見送っている

午後になるとすり鉢の錠剤を砕く
それから完全に粉末になったこれを
スプーンで瓶口からさらさらと落としていく
瓶を片手に画面をスクロールする
ミルクシェイクをあおるたび
並んだ文字列がガラスの中を落ちていく
タバコの先で腕に印をつける
今日で253個目となるそれらは
皮膚で規則的な模様をつくっていた

廊下に散乱するビデオカセットを蹴り退け
再び浴室へ引っ込む午後4時には
充満する蒸した藁のような匂いが
柔らかな雨を知らせていた
全身に泡立てたボディソープを塗りたくる
眉から脚にかけての体毛という体毛を
執念深く剃り落としていくカミソリ
刃は大抵1週間で駄目になる
キャビネットの香水の空き瓶には
錆びた刃が累々と積みあがり
青臭い感傷という名のこのオブジェを眺めながら
浴槽のクレゾール石鹸液に沈むあいだ
私はしばらく死体のふりをしている
窓をびたびたと打ちつける雨
吹き溜まる妄想
常に苛まれている私が
なによりあなたを高揚させただろう

つなぎ寝巻の袖から伸びたごつごつした手指が
静かに録画ボタンを押す午後6時
窓ガラスにぼやりと映るおさげ髪の中年男
これはまた派手にやらかしてくれたね
蹴りあげた鉄格子の向こう
7時の面会にやって来たあなたが微笑む