深夜
窓辺で
キョウコの唇に
新しい色の紅をぬってやる
わたしの人さし指で
ちょくせつ紅をぬってやる
「ねえ、あたし、きれいかしら」
机の上に手鏡はあったが
指のないキョウコには
持つことがあたわない
窓にうつった
自分の醜い顔を見る
紅は
ちらと見えたキョウコの舌と
おなじ色をしていた
キョウコは
不思議な女だった
朝になるたび再生し
ゆうべのことをすべて忘れる
そんなキョウコにとっては
あらゆることが奇跡の連続で
不完全な身体であるにもかかわらず
「あたしは、なんてしあわせなのかしら」
と
こちらに向ける笑顔もひどく醜い
歯がないのは
退化してしまったからで
キョウコは
なにも食べずに成長できるのよ
不潔ね
そう思いながら
折り紙を折る
赤
黄
緑
青
紫
さまざまな色の花が
わたしの手のひらで咲く
さまざまな色の獣が
わたしの手のひらで産まれる
そしてわたしの意のままに
花が枯れる
獣が死ぬ
キョウコの身体は不完全だったが
そのために完全でもあった
わたしは
キョウコとは違い
完全な身体をもってはいたが
その
完全な身体にたいして
劣等感をいだいていた
キョウコは
衣服が汚れれば
誰かが取り替えてくれる
尿がもれたら
誰かがぬぐってくれる
そんなキョウコを貶めるために始めたのは
折り紙だった
指をもたないキョウコは
なにかを
咲かせることも
産み出すこともできない
キョウコは
わたしをうらやむだろう
自分の不完全な身体の放棄を
望むだろう
キョウコの希望により
わたしは赤い
鶴ばかりを折った
鶴は紅と同じ色をし
そして
鶴はキョウコの舌と
同じ色をしている
来る日も来る日も
わたしは鶴を折りつづけた
キョウコが
自分の身体と
わたしの身体との差異に気がつくまで
産まれつづける鶴
いつになっても
キョウコはなにも気づかない
赤い折り紙
赤い紅
赤いキョウコの唇
赤い紅に染まるわたしの指
赤いわたしの指が赤い折り紙を赤く染める
赤い紅に染まったわたしの指が折る赤い鶴
赤い鶴を染めた赤い紅
赤い紅に染まった赤い鶴
赤いキョウコの赤い唇に塗りたくる赤い紅
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
赤い鶴
「指が五本あるからなのね」
もうこれ以上わたしに
鶴を折らせるのはやめて頂戴
気づいてしまった
キョウコが醜いのは
わたしを見ているから
わたしだけを見ているからよ
不潔
キョウコのまぶたが閉じられる
再生の合図だ
あしたもまた
わたしは鶴を折らなければならない
そしてそれをキョウコは
奇跡だと呼ぶのだ
キョウコは美しい
わたしは自分の不完全な身体に紅をぬる
キョウコ
どうか
どうか
どうかその完全な身体で
わたしを鶴にしてくれないか
そして
キョウコの意のままに
わたしを産み
わたしを殺してくれないか
そうなればキョウコ
わたしはキョウコに
奇跡と呼ばれるにふさわしい
キョウコ
キョウコ
キョウコ
キョウコ
はやく
再生はまだなのか
わたしの不完全な身体を染め上げるには
紅が足りないかもしれないのだ
選出作品
作品 - 20080929_701_3047p
- [優] 赤い鶴 - 胎 (2008-09)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
赤い鶴
胎