振り返れば、蒼ざめた空
眩しすぎる光が、あたしを責める
光が、眩しすぎる
5年もの歳月
あたしはずっと
ひとりぼっちで
部屋のなかで暮らした
外に出ることは極稀で
それも大抵、深夜になってから
あるひ、
あるひのおひる
あたしは目覚めた
あひるの目覚まし時計が
急に鳴ったのだ
それは、小学校の頃にお父さんが
誕生日プレゼントに買ってくれた
あたしの大事な目覚まし時計だった
でも、4年も前に電池が切れていた
電池切れのあひるの目覚まし時計が
可哀想なあたしを起こしてくれた
そう思った途端、
あたしは自分の犯してきた 罪 に気づいた
具体的に何の 罪 を犯したのかは
分からなかったけれど
とにかくそれは
取り返しのつかない大きな 罪 に違いない
こんなところでのんびりしている場合ではない
早く外に出て 罪 を償わなくてはいけない
だからあたしは
ジャージを身にまとって5年ぶりに真昼の外に飛び出した
あたしは俯いて街を歩いた
とぼとぼ、とぼ
きっとこんな擬音語が似合う
白線の内側を
行儀よく歩いた
真っ昼間の住宅街を歩くことなんて
ずっと長いこと、無かった
どうして誰も
あたしを外に誘い出してくれなかったのかしら
いつも家の中から見なれているはずの街並みに
奇妙な違和感と居心地の悪さを覚えた
幼稚園児の頃に感じていた
お昼休みの草木の匂いや
溢れる光
そんな温もりや安心感が
ほんのすぐ傍にあるような気がする
なのに、あたしは
失った 何か を感じないように
知り合いに会わないように
時間から逃げるように
早足で歩き続けた
閑静な住宅街からは
赤ん坊の声一つしなかった
全くの無言で、あたしを責める
無口なジュウタクガイがあたしに話しかけた
「こんなところで一体何をやっているんだ」
そうか、あたしには居るべき場所も無いんだ
後ろを振り返れば、蒼ざめた空
何処まで行っても
その後ろめたさから、逃れることは出来ない
だけど、歩くほかに何をすれば良いのかも分からない
どこに行けばいいのか分からないまま
早足で歩き続けた
「こんな所には居られない。一刻も早く何処かへ向かわなくては」
けれど何処へ向かえば良いのだろうか
外はこんなにも静かで白く眩しいのに
心は闇のような影が
今にもあたしの思考回路を覆いつくし
全てを奪い去ろうとしている
あたしは俯いて街を歩いた
ひたひた、ひた
きっとこんな擬音語が似合う
白線の内側を
行儀よく歩いた
あまりに短絡的に
外に出てきてしまったことが
急に怖くなって
単純なあたしは
馬鹿な自分を責めた
涙が出てくるのを
堪えようとして
目を擦ると
ふいに、沙織ちゃんの横顔が
思い出された
「沙織ちゃん。」
小学校の頃だったろうか
沙織ちゃんはあたしの一番の親友だった
彼女はクラスメイトからイジメを受けていた
あたしと沙織ちゃんは
何があっても絶対に二人で助け合って
悲しいことがあっても決してくじけないって
固く約束していた
よく二人で、ひとけの少ない公園の
手入れされていない花壇に行って
二人で生めたヒマワリの種に
水をやっていた
ヒマワリは順調に育っていって
きっと夏になれば
太陽のような花を咲かせるね
そう言って二人で楽しみに待っていた
沙織ちゃんと
いろいろな話をしながら
水を撒いていたら
ふいに、沙織ちゃんの頬に
きらりと、光るものが走った
傾きかけた太陽の光に照らされて
あたしは思わず息を呑んだ
その瞬間から
彼女はあたしにとって
世界で一番美しい少女になった
けれど、
二人で埋めたヒマワリが咲く前に
あたしは悪い大人に悪戯をされ
その日から一歩も外へ
出られなくなってしまった
沙織ちゃんは
一度もお見舞いに来てくれなかった
あたしは
沙織ちゃんが来てくれるのを
ずっと待っていたのに
忘れかけていた土地の
忘れかけていた学校の
下校のチャイムの音が
街中に響いた
授業を終えて家に帰る生徒達の声で
賑やかになっていく街並みを尻目に
あたしはただ
公園へ続く道と
沙織ちゃんの横顔を辿りながら
人目を避けるように歩いていった
散々道に迷いながら
公園についてみると
公園は潰れていて
代わりにマンションが建っていた
目の中に汗が入り、瞬くと太陽が空一杯に滲んだ
斜陽はいつだって、過去の思い出と共に、傾いていってしまうんだ
「生きることは堕落していくことだ」
とは坂口安吾の言葉だっただろうか
あたしはあたし自身に確認し
言い聞かせながら
4階建てのマンションに遮光された太陽を背に
また当てもなく歩き始めた
太陽は、少女の涙と共に沈んでいった
やがて血の気が引いていくように、夕暮れは夜に変わっていく
何をしたのだろう、あたしが
何をしたのだろう、あたしは
何者だろう
あたしの中であたしに語りかける
この声の主は
空は徐々に姿を変えながら、執拗にあたしを責めつづける
何処まで行こうとも、空はあたしの背後にある
疲れたから、人の来ない路上に横たわって目を閉じた
* * *
時折、ふと正気に返り冷静に自分の行動を分析するけれど、自分のとってきた行動を信じることが出来ずに、そんな時よく考えることといったら、何故沙織ちゃんはあたしを迎えにきてくれなかったのだろうか、とか、何故5年もの間、何一つ行動しなかったのだろうかとか、そんなことばかりで、
実はあたしは正気になることから逃げ続けているのかもしれない。
だからあたしは、罪を償わなくてはならない。
あたしは被害者。
あの日、男たちに廃墟に閉じ込められた日。
あたしは被害者。
だけどあたしは、未だに罪を償ってもらっていない。
あたしは被害者。
沙織ちゃんは今のあたしを見たらなんて言うだろうか。
あの頃みたいに泣いて、
あたしの傍にいてくれるだろうか。
それとも、あたしのことなんか興味ないんだろうか。
きっと、 今ごろ綺麗なお姉さんになっているんだろうか。
今のあたしのことなんか、目にも掛けてくれないんだろうなぁ。
悲しいなぁ。一緒に埋めたヒマワリは、咲いたのかなぁ。
* * *
一体どれほどの時間、眠っていたのだろうか
目を開けると夜の闇が、視界から光を奪っていた
何も感じなかったし、何も思い出せなかった
光は何処にも無かったが、心の中は澄み切っていた
意識が闇の中を自由に広がっていった
どこまでもどこまでも、あたしはあたしではなく、何者でもなく、ただ夜と一体化していった
あたしは再び目を閉じて安らぎに身を任せた
何処かで、
鎖に繋がれた番犬が、
沙織ちゃんに向かって
執拗に吠え続けている
心の中で
沙織ちゃんが囁いた気がした
「開放されることは、とても悲しいことなのにね」
って
選出作品
作品 - 20080605_612_2817p
- [佳] 夜の空になる - 結城森士 (2008-06)
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夜の空になる
結城森士