海を想え
運河に沿って流れてくる
暗い潮の匂い
女の吐息のような
ぬるい風が吹く夜
ああ
死んだあいつが
口笛を吹いてる
まだ
あの小さな傷から
血は流れているんだろうか
湿った家で
なにかをまさぐりあう人たちは
あいつに笑われるといいんだ
なにも
しやしないなにも
持ってやしないからあいつは
口笛を吹いてるんだろう
海を想え
きらめく未明の潮騒や
現れては消える波間の白い帆を
ためらう指とうなじに揺れていた髪を
ああ
あいつの記憶を誰か
歩いてやってくれないか
どこにも
墓標なんてありやしない
ひなげしなんていりやしないから
貝のように
閉ざした戸のなかで血膨れする人は
あいつに笑われるといいんだ
半分
たった半分も
生きやしなかったからあいつは
涼しい口笛が吹けるんだろう
海を想え
ひとすじの血の糸を引いて
逃れてゆくさかなを
病んだトタン張りの工場や
その上にのしかかる高層ビルやを
それから俺や
手を汚さずに黒い雲をつかむ人たちやを
のせた岸辺から
どこまでも
逃れていけばいいんだ
心まで
青ひといろになるまであいつは
口笛吹いていくんだろう
選出作品
作品 - 20080308_753_2654p
- [優] あいつの口笛 - まーろっく (2008-03)
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あいつの口笛
まーろっく